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第655話
そうして案の定、クラスメイトの嫌そうな顔がそこかしこに見られたものの、結果として、リカの一声による、『逆転執事・メイドカフェ』とやらに、うちのクラスの出し物は決定してしまった。
それでも表立った派手なブーイングが起きなかったのは、リカの性格もあるだろうけれど、去年のリカの運営実績、そして経営手腕への信頼が、クラスメイトたちの中に広まっているようなところがあったかららしい。
「もしかしたら、今年はマジで、副賞の学食1か月無料パス狙えるかも」
「えっ、そっち?まぁでも俺も、テーマパークフリーパス獲れそうな期待がすごいんだけど」
ワイワイ、ざわざわ。そこらじゅうで、1位取れそうじゃない?といった会話が交わされているのが、ちらほらと俺の耳にも届いてくる。
「本当にか…」
このリカ様、どうやらクラスメイトからの人望は厚いようだ。
「んふふふ。しかもこの、男装の麗人、リカ様と、キュートなお顔のつーちゃん。実はほら、意外にもベビーフェイスのノリくんと、何気に整った顔立ちをしている豊峰くんや紫藤くんもいるしね」
「え、待って、俺、裏方やる気満々なんだけど。店員とか、できれば遠慮したいなーとか思ってるんだけど」
「はぁ?何言ってんの。つーちゃんはメイド一択でしょ。しかも看板娘になってもらうからね!」
「なんでっ。俺無理っ。女装とか本当かんべん!」
「なぁーに言ってくれるのよ。つーちゃんが女装しなくて、他の誰がするっていうの」
クラスで一番似合うから、と、ニッと笑って突き出されたその立てた親指はなんなのだ。
自信たっぷり、独断専行の女王様に、がっくりと力が抜けてしまう。
「あー、僕は、生徒会の方の出し物にも結構時間取られちゃうから、こっちの担当時間上手く作れるかわからないけど」
「うー、そっか、紫藤くんは向こうもあるもんね…」
さらりと逃げ道を作った紫藤に、思わず胡乱な目が向いてしまう。
「あー、俺はあれだ。部活の方の出し物が…」
「ってあんたは帰宅部でしょうが!」
同じく逃げ道を作ろうとした豊峰は、一瞬にしてリカに取っ捕まっている。
「うん、ほら、諦めよ?藍くん。俺らは、可哀想な生贄になる運命なんだよ」
「うーあーっ、いーやーだー!女装とか!メイドとか!不良で、元ヤクザの息子な、俺の名が、名がぁぁぁ…」
頭を抱えて取っ散らかった叫びをあげている豊峰の声が、教室中に響き渡る。
「うん、俺も、メイドさんかぁ。接客、上手くできるかな…」
ぽそり、と、こちらはこちらで、あまりにあっさりとリカの提案を受け入れてしまったらしいノリが、1人頷きながら呟いていた。
✳︎
それからの日々は、勉学に励む傍ら、ひたすら文化祭の準備に追われる毎日となった。
悲しいことに、文化祭があるからといって、普段のカリキュラムが緩くなるかといえばそんなことはなくて、真鍋の家庭教師も通常通り。いや、そちらに関してはそれどころか、進路を決めて以来、以前にも増してかなりのスパルタになったように思う。
「ククッ、随分とお疲れだな」
夕食後、片付けもそこそこに、ダラーっとリビングのソファでだらけていた俺は、ふと近づいてきた火宮の気配に視線を向けた。
「ほら」
スッと差し出されたのは、2人で絵柄を合わせた、揃いのマグカップの俺の方。ふわりと漂うコーヒーのいい香りを立たせる火宮のカップと、ミルクココアの甘そうな匂いのする俺のカップを運んで来た火宮が、穏やかに微笑んでいた。
「あ。ありがとうございます」
火宮も今日は久々に、こんな早い時間に帰れていて。だけどいつもの多忙な日々を考えると、火宮だって疲れていないはずがないだろうに。
ぐ、と身体を起こし、カップを受け取った俺は、その心遣いに感謝しながら、キシリと隣に腰掛けてきた火宮を見た。
「ククッ、火傷するなよ」
優雅に自分の方のカップを口元に運びながら笑う火宮に、ツンとそっぽを向いてやる。その忠告を軽くスルーして遠慮なくカップを口に運んだ俺は、口元がだらしなく緩んでいくのを感じた。
「んふふ」
ほら、やっぱり飲み頃だ。
優しい甘さのまろやかな液体が、ちょうどいい温度で舌の上を通っていく。
「本当、こういうところですよね」
「どうした?なんだ」
スマートでパーフェクト。これが俺の恋人だっていうんだから、なんだか誇らしくて、ついでにやっぱり惚れ直してしまう。
「クッ、なんだ、可愛い顔をして」
「ぐっ、ゴホッ…ゲホゲホッ…」
だから!せっかく見直していれば、すぐこれだ。
ふわりがニヤリに変わった顔が愉しげに悪戯な台詞を吐いて、するりと頬を撫でてきたからたまらない。
「ん?どうした。食ってくれって?」
茶請けにか。と意地悪に目を細める火宮に、俺はむせて涙目になってしまった目を向けた。
「言ってませんし、思ってませんし、可愛い顔もしてません!」
「そうか?とろりと蕩けて、熱い視線を送られたかと思ったけれどな」
「っーー!」
こ、の、確信犯め!
それは、確かにうっかり見惚れていたけれど。そしてそういう視線に敏くて鋭いってことも分かっていたけど!
それを見逃してくれないところが、やっぱり火宮だ。
サディスティックで妖艶な流し目を送られて、俺はカップの残りのミルクココアを、ひと息で飲み干した。
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