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第658話
「はぅぅ…死んじゃうー」
ぐたーっと火宮の胸に寄り掛かり、ちゃぷんと湯を揺らした俺は、すっかり溶けた頭で、ぼんやりと考えた。
「ククッ、たかが連続4回、イッたくらいで死ぬものか」
「は?え?あ、俺、口に…?」
「出してたぞ」
「う…」
左様ですか。もうまったく働かない頭では、何もかもにコントロールが利かない。
ただ、湯船に浸かった火宮の身体に後ろから抱き込まれるように支えられた身体は、気怠いけれど心地よかった。
「ククッ、寝るなよ?」
とろりと落ちてきた瞼に気づかれたんだろう。
ちゃぷんと湯を揺らした火宮の胸が震える。
あれから4回、後ろでも前でも、火宮を挿れることなく俺だけイかされた身体は、ついでのようにしっかり洗われて、浴槽に入れられた。
ちゃぷちゃぷと揺れる湯に身を任せ、火宮の足の間に同じ方を向いて座った身体が温かい。
「んー、寝ませんけど、寝そうです…」
「そういえば、疲れていたんだったな」
忘れていた、と笑う火宮は、どう考えても確信犯で。
さらに疲れることを散々してくれたその声に、僅かも申し訳なさそうな響きはない。
「文化祭か」
ふと、何かを含んだように呟かれ、忘れていた緊張感に身体が強張った。
「あ、えっと、その…」
「ククッ、女装でメイドカフェ、の件か?」
知っているぞ、と笑う火宮につられて、ちゃぷちゃぷと浴槽の縁で湯が跳ねた。
「あ、う、それはその…」
「ふっ、おまえなら、随分と似合いそうだ」
「え…?」
見物だな、と笑う火宮に、俺はキョトンと力が抜けた。
「怒らないんですか?反対するとか、そんな真似したら仕置きだとか…」
この人なら、絶対に言い出すと思っていたのに。
くるりと思わず後ろを振り返ってしまった俺に、薄く目を細めた火宮が愉快そうに笑った。
「なんだ。怒らせたかったか?」
「え、いや、そんなことはありませんけど」
「ククッ、おまえがおまえの領分で、クラスメイト達と企画し楽しむイベントだ。それに、わざわざ口を挟むつもりなどない」
「え…?」
「以前にも言ったと思うがな?危険があったり、こちらの都合上どうしても仕方がないときはその限りではないが、おまえはおまえの生活を、ちゃんと過ごしていいと」
ちゃぷりと肩にかけられた湯が、優しく腕を滑っていく。
「俺は、おまえの意志や所思を、その領分を、ちゃんと尊重する」
「っ…」
違ったか?と笑う火宮に、胸がきゅぅと切なく震える。
「す、き…」
「ん?」
「好きです、火宮さん。刃」
ぽろりと口から零れ出たのは、胸から溢れたたまらない想いで。
「ククッ、あぁ俺も。俺もおまえを愛しているよ」
ちゅっとこめかみに触れた火宮の唇が、優しい甘さで全身を痺れさせて。
「っーー!」
ふるりと震えた瞳の端から、ぽろりと零れた温かい涙を、俺はバシャバシャとお湯を掻き混ぜて誤魔化した。
「ククッ、それにしても、おまえの女装姿か」
初めて見るな、と笑う火宮の胸が、ゆらゆらと揺れる。
「楽しいですか?」
「まぁな。俺が惚れたのは、男前なおまえだが、女装姿というのも興味はある」
「変な扉は開かないでくださいね」
ニヤリと妖しく笑う火宮に、ジトリと呆れた目を向けながら、念のための牽制だ。
「ククッ、それはおまえ次第というものだろう?」
「はい?」
「おまえがうっかり美少女になって、そこらじゅうの男をむやみやたらに誘惑することがなければ、俺は穏やかでいられるけれどな」
「っ…」
それはつまり、裏を返せばうっかり妬かせでもしようものなら、女装姿は最大限違う用途に活用されてしまうだろうといこうとで。
「っーー!俺、やっぱりリカを説得して、どうにか裏方に…」
俺の平穏を守るには、どうしてもその選択が賢明な気がする。
「ククッ、だが、おまえのメイドなら、さぞ集客数は見込めるだろうな」
男のままでも可愛いんだ、女装などしたら余計に…と流し目を送ってくる火宮は、一体俺をどうしたいのか。
「っ…」
「模擬店ランキング、1位になったら、テーマパークのタダ券だったか?クックックッ、ついでに俺からも、褒美をくれてやろうか」
「え…?」
そ、それは何か。きっと火宮のことだ、魅力的すぎる提案をする気だろう。
「1日、俺にすべての言うことを聞かせる権利、なんかはどうだ?」
ククッ、と楽し気に喉を鳴らしている火宮は、俺の女装を後押ししているというのか。
「っーー!」
女装は嫌だ。確実に火宮の心中を荒立たせる予感しかない。
けれども1位を取ったら学食やテーマパークどころか、1日火宮を絶対服従させられるだと?
「ん?どうする?翼」
ニヤリと笑った火宮が確信的に、ゆらりと足の間に抱いた俺の身体を揺らしてきた。
「っ…」
女装、からの、嫉妬させてお仕置きコースか。
女装で人を集めまくって、晴れて1位、火宮を服従させるか。
ガタン、ゴトンと傾く天秤が、ゆらゆらとどちらにも定まらず行ったり来たりを繰り返し。
「翼?」
とどめの火宮の一声で、俺の天秤はゴットーンと片一方に傾いた。
「その賭け、乗った!」
バシャン、と揺れたお湯が跳ねて、火宮が艶やかに微笑んだ。
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