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第660話
そうしていよいよ文化祭当日。
俺たちは、店舗奥のバックヤードで身支度を整え、化粧やらヘアセットやらをしてもらいながら、迫る開店時間にドキドキと胸を高鳴らせていた。
「よぉーし、今日は絶対、中間発表1位を目指すからね!みんな、肩組んで」
リカの気合の入った掛け声と共に、クラスメイト達が輪になって円陣を組む。
驚くほど完成度の高い女装、男装姿の給仕役に並び、飲み物を作る係になったクラスメイト、呼び込み係、料理を作る係の者と、それぞれが入り乱れてぐるりと一周輪ができる。
「さぁーて、気合入れていくぞーっ!」
「「「オーッ!」」」
ぐっと押された肩に、ピリピリと気合を入れて、どこの体育会系の部活だよ、と突っ込みを入れたくなるような雄叫びが、バックヤードで上がった。
アセアセと、最終準備に必死な他クラスの、どこまでこの声が響き渡ったのだろうか。知る術はないけれど、きっとこの並びの店舗にはビリビリ震える気合が届いたんだろう。
何事か?とこちらを覗き見に来る数人の生徒の姿が、チラホラと見受けられた。
「よし。そうしたら、みんな自分のシフトを確認して、仕込みの通りにばっちりよろしくね」
にこりと笑うリカの可憐なウインクに、コクコクと頷くのは何も男子だけじゃない。
「任せておいて」と力強く請け負う、男装の女子たちも、なんだか今日は頼もしかった。
『開場5分前です』
校内放送のアナウンスが入り、いよいよかと、ゴクリと生唾を飲み込む音が耳に響く。
クラスメイトたちがそれぞれ自分の持ち場に散っていく中、完璧なメイド姿を整えた俺も、トップバッターで接客するべく、店舗エリアに佇んだ。
「それにしても翼、マジで、どこからどう見ても本物の美少女なんだけど」
ジロジロと、遠慮なく俺のメイド姿を隣から眺めてきた豊峰が、感心しきりで呟いている。
「あのねぇ…」
そういう豊峰も、見ればなかなか、中性的な美少女に仕上がっているではないか。
「はぁっ。股の間がスースーする」
落ち着かない、と、スカートの裾をつまんで嫌そうな顔をする豊峰に、俺もヒラヒラとスカートの裾をはためかせながら頷いた。
「そうだねー」
骨格や男性的な部分を見事に誤魔化すような完璧なデザインのメイド服。いい感じに男であることを隠してくれてはいるけれど、着ているこっちの気分はどうにも心許なさが先に立つ。
メイクで顔はなんだかゴワゴワするし、被せられたロングヘアのウィッグだか何だかは暑いし重たいし、女子って大変だなーなんて思いながら、俺は窓ガラスに映る自分の姿をぼんやりと見つめた。
「女子だね」
「あぁ、女子だな」
キッモ、というには、あまりに似合い過ぎていてどうしたものか。
「特殊メイクってわけでもないのにね…」
元が可愛い系の顔立ちであることを自覚している俺の気分は、途端にガックリと落ちた。
「ぷぷ。でも、あんまり可愛いからさ、ほら、会長さんたちでも揶揄って、誘惑してみたら?」
来るんだろ?と笑う豊峰に、乾いた笑いが浮かんでしまう。
「女装するって知ってるから。メイド喫茶って言っちゃってるから。あっさり見破るよ」
「はぁっ?言ったのかよ」
「いや、どこぞの用務員さんがねー」
「あぁ、浜崎さんか」
そういえばスパイがいたんだっけ、と苦笑する豊峰が、「じゃぁ俺もバレてんだな」なんて嫌そうに呟く声が聞こえた。
「そんじゃぁさぁ、翼。その恰好…」
「うん?」
「別の男を釣りまくるほうがヤバイんじゃね?」
「まぁねー」
自分で言うのもなんだけど、確かに釣れまくれそうなんだよね、この姿。
「まぁでも、釣らねぇことには集客数が稼げねぇし…」
「うん。すっごいジレンマ」
「狙ってんだろ、1位」
リカと2人、準備の段階で鬼気迫っていたもんな、と笑う豊峰に、俺はこっそりと声を潜めた。
「うん。実はね、1位取れたら、火宮さんを絶対服従させる権利、1日分、ってのがもらえる予定なんだよね」
「はぁっ?マジか。あの会長を?」
「うん」
「それでおまえ、あんなにむきになってたのかよ」
私情かよ、と苦笑する豊峰に、俺は申し訳なく思いながらも、コクンと頷いた。
「なるほどなー。まぁでも俺も、1位ンなったら、学食1か月タダだしなー」
「そこ?」
「あ?だってテーマパークなんて…何が楽しいんだ?」
「あー…」
フラッと遠い目をしてしまう俺は知っている。
実は紫藤が、テーマパーク招待券をゲットできたら、藍を誘って2人でデートだ、と呟いていたことを。
「翼?」
「あ、いや、なんでもない。うん、藍くんはあまり興味なさそうだよね」
「おぅ。んなもんより、1か月も昼メシただの方が、ずっとありがてぇよ」
なるべく火宮たちに金銭的負担を掛けないように。お小遣いも最小限で、夏休みにはバイトまでしていた豊峰を俺は知っている。
その発言の、他の生徒とは違った切実度に、俺は曖昧に微笑んだ。
「ま、取っちゃいますか、1位」
「だな。おまえとノリと、あっちの女子の綺麗どころで、男性客も女性客もがっつり虜だ」
「藍くんもね」
十分イケるから、と笑った俺に、豊峰の今日イチの嫌ぁーな顔が炸裂した。
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