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第663話
「ふはは。それにしても翼くん、よく似合っているな」
ジロジロと、遠慮なく俺のメイド姿を上から下まで全身眺めた七重が、ふむ、なんてよく分からない頷きを1人でしている。
「女だな」
この胸は?偽物か?と突いてくる火宮は、ここが公衆の面前だと分かっているのか。
「っ、や、めてください…」
知らない人が見たら痴漢に見えますよー。
「ククッ、その顔」
「へっ?」
「はやり翼は翼か」
じとーっと呆れた目を向けただけなのに、満足そうに微笑む火宮の意味が分からない。
「ふはは、姿形が変わっても、本質はどこまでも翼くんだということだ」
それが火宮には愛おしいのさ、と笑う七重の意味は、ちょっとだけ嬉しく俺の心に届いた。
「あはは」
「それにしても翼。わざわざその姿のままお出迎えというのは、俺に見せに来てくれたと思っていいのか?」
「あー、これはですね…」
「ん?」
「とりあえず、うちのクラスのお店に来てもらえれば分かります…」
どうぞこちらへー、と促す俺は、そろそろチラホラと、真鍋からこちらに注意を払い始めたギャラリーの数人に気づいていた。
「また囲まれる前に。七重さんも、ぜひ」
リカの目当ては真鍋だろうけど、とりあえず今は火宮と七重をここから連れ出すことで精一杯だ。
ツンツンと火宮のスーツの裾を引いた俺は、その手がふわりと捕らえられ、「こうしろ」と火宮の腕に組まれてぽかんとした。
「え?」
「ククッ、同伴だ」
「え、あの、うち、キャバクラとかそういうんじゃ…」
「じゃぁ特別サービスだ。翼と、俺だけの」
「……」
「ん?1位、取りたいんだろう?」
ニヤリ、と笑われ、その口が、ゆっくりと何かの言葉の形に開いていく。
「そうか。この先の執事メイド喫茶か。それはぜひ行こう」
「っーー!」
突然、張り気味に言葉を発した火宮に、周囲の注目がざわりと集まる。
『ほら、見返りはくれてやったぞ』
これで何十人かは釣れた。と囁く火宮に、俺は唇を噛み締めながらも、渋々と火宮の腕に絡めた手に力を込める。
「ではっ!参りましょうかっ、ご主人様!あぁ、そちらのご主人様も、お嬢様方も、ぜひお帰りはこちらによろしくお願いしますぅ」
やけくそで、にっこりと振りまく笑顔は最上級だ。
『これで、火宮さんの美貌だけに釣らせたとは言わせませんからね!』
俺のメイドの力も多分に貢献してる、と囁き返す俺に、火宮の悪ぅい笑顔が向いた。
「俺以外に媚びて魅了して、悪いメイドだ」
『これは仕置きが必要かな?』と囁く火宮に、俺はやらかしたことを咄嗟に悟って、サーッと血の気が引く音を聞いていた。
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