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第664話
「で、ナイス、つーちゃん。この大量の新規客、さっすが!」
ズラズラと、俺の媚びと火宮の見た目に釣られてついてきた客たちが、さらにうちのクラスの店の行列を長くした。
後ろの方では呼び込み係のタクトが、どこの遊園地のアトラクションかと思うような、『最後尾』というプラカードを持って、遥か遠くにポツンと立っている。
「目当ての美形様がまだご到着なされないのがちょと残念だけど、後から来るのよね?」
「あー、多分?もっと大量のお客さん引き連れて、来るんじゃないかなぁ?」
ふらっと遠い目をしてしまうのは、あの集団が来たら来たで、また大変だなぁと思うからで。
「あぁん、いいね!じゃぁほら、つーちゃんはとりあえず、会長様と、そちらのダンディなおじさま?を、お席に案内しちゃってー」
どうぞどうぞ、と店内を促すリカに、俺は思わず苦笑を浮かべてしまう。
「ダンディなおじさま」だなんて、呑気にのたまわっているけれど、この人が、蒼羽会よりさらに上位に位置する七重組組長だと知れたらどうなるか。
わずかに湧いた悪戯心を押し込めて、俺はコクリとリカに頷いた。いや、頷きかけて…。
「えっ?あそこの奥のお席よ、って…ねぇ、順番待ちは?」
入り口からゾロゾロと続く長い列は、まだまだ入店し尽くす気配を見せない。
そんな中、後から来た俺たちが、何故にどうして席に案内されることになるのだろうか。
コテンと首を傾げた俺に、リカがチッチッと目の前で指を振って見せた。
「VIP様だもん、優先に決まってるでしょー?」
「RESERVEDって…」
いつの間に作ったんだ、あんなプレート。
奥の席にちょこんと置かれた「予約席」の文字を見て、俺はジトリとリカを見つめてしまった。
「ふふふふ、この店のオーナーは私よ。私が法律なの」
「それでいいのか、経営者」
「太客に便宜を図るのは当然のことでしょー?いい?つーちゃん、なるべく長く、このお方たちをこのお店に留めるのよ?」
それを目当てに客が入るんだから、とこっそり耳打ちしてくるリカに、俺は乾いた笑いしか漏れて来ない。
「ははは。分かったよ。じゃぁ火宮さん、七重さん、とりあえず、こちらへどうぞ」
無遠慮に近づくリカとの距離に、火宮の視線がチクチクと痛くなってきたところで、俺はパッと思考を切り替え、火宮たちを急遽確保されたらしい予約席とやらに連れて行った。
「お帰りなさいませ、ご主人様~」
にっこりと笑顔でテーブルの脇にやってきたのは、これまた見事な女装メイドに扮した俺のクラスメイトだ。
「フードとドリンクはどういたしましょう?」
地獄の特訓で扱かれ切った、クオリティ高い笑顔を見せてメニューを差し出したクラスメイトに、火宮はチラリと視線を向けてから、興味を失くしたようにふんと鼻を鳴らした。
「翼」
「はい…?」
ぽつりと一言落とされた声に、担当メイドがコテリと首を傾げている。
「だから翼だ」
「えぇっと…」
つっけんどんに言い放つ火宮に、担当メイドは困ったように俺に視線を向けてきた。
「あの、火宮さん…?俺はメニューにありませんけど?」
何を言ってくれているんだ、と眉を寄せれば、ククッと楽し気に喉を鳴らした火宮が、意地悪そうに目を細めてきた。
「注文じゃない。接客担当だ」
「へっ?」
「この担当メイドより、おまえのメイドの方が何倍も可愛い。だからおまえが接客しろ」
指名制度はないのか?と頬を持ち上げる火宮に、俺はクラクラと眩暈を感じた。
「だからっ、あなたはっ…」
両方の当人を前にして、なんでそういうことが言えるかな!
「ふはは。確かに、どのメイドも翼くんのクオリティには負けるな」
「ちょっ、七重さんまでっ…」
しみじみと、店内を一周見回して、うむ、なんて重々しく頷いている七重に、俺は頭を抱えたくなった。
あぁもうこの人たちを、誰かどうにかして。
きっぱり言われてしまったクラスメイトは、ヒクリと笑顔を引きつらせたまま固まってしまったし。
俺は俺で、この微妙な空気になってしまったこの場をどうしたらいいものか。
「っーー!俺はっ、今っ!休憩時間中です!」
ご指名禁止!と言い放った俺に、リカの鋭く咎めるような目が向いた。
「っな…」
『やってくれるよね?』と無言の圧力を掛けてくる、俺様何様リカ様女王様。
離れた場所で、そつなく執事モードで接客をこなしながらも、俺に送られる視線がギロリと鋭いのは見間違いじゃない。
「っーー!」
やればいいんでしょ、やれば。
ヤケになってくるりと火宮に戻した視線の先に、こちらはこちらで、ごそりと数枚の長方形をした紙が差し出された。
「ふぇ?」
「ククッ、指名料ならたんまりと払おう」
バサバサと取り出されるその紙は、この国の最高額紙幣で。
万札が何枚も重なるそれを、俺は呆れた思いで見つめる。
「利益も模擬店ランキングに反映されるんだろう?」
「っ…」
それはもちろんそうだけれど。
『俺の絶対服従権、欲しいんじゃなかったか?』
こっそりと耳に吹き込まれる火宮の言葉に、俺はガクリと膝を折るしかできなかった。
「お疲れ様です、ご主人様。お食事はいかがいたしましょう?」
半ばやけくそににこりと笑顔を浮かべた俺に、リカが向こうで「いい子ね!」と親指を立てているのが見えていた。
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