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第665話
そうして結局、休憩時間のはずの俺の時は、火宮と七重の接客に買われてしまい、何を思ったのかかなりの時間、うちのクラスの模擬店に居座ってくれた火宮と七重が、ようやくよっこらしょと腰を上げたときにはもう、大分周りのテーブルの客が、顔を入れ替えた頃だった。
「あーっ、もう行かれてしまうんですか?」
椅子から立ち上がった火宮の姿を捉えたか、リカが慌てて駆け寄って来る。
「旦那様、もう少し寛いでいかれては…」
急いで食い下がるリカに軽く手を挙げて、火宮はその言葉の先を制した。
「いや、もう出る」
「そうですか…旦那様、お出かけです」
きっぱりとした意思表示に、リカはしつこく引き留めることはしなかった。
パッと思考を切り替えて、周囲のスタッフに退店を知らせる様子が鮮やかだ。
「いい店だった」
特に俺の担当メイドがな、というのは言外の火宮の言葉で、多分その言われなかった言葉は、俺だけが気づいていた。
「ありがとうございます」
火宮の誉め言葉に、リカが単純に嬉しそうに顔を綻ばせる。
男装の麗人と自らを評するだけはあって、その顔はうっかり見惚れそうになるくらいには綺麗だった。
「ククッ、それで、オーナー?」
「えっ?は、はい」
「物は相談だが、このメイドをこのまま、外出に付き合わせても構わないか?」
ばさりと差し出された数枚の万札に、リカの目がキラキラと輝く。あまりに現金に、ブンブンと縦に振られる首が、千切れそうな勢いだった。
「ちょっ…リカ?」
「んふふ、どうぞどうぞ、ぜひ、いくらでも」
にっこりと、あまりにあっさり俺を売り払ったリカに、俺が思わず毒づいた、小声の「この守銭奴がっ」の台詞は、全力でスルーされた。
「ククッ、ついでにあれらを長らく置いていく」
ふっ、と店内入り口に流れていった火宮の視線を追えば、そこにはこんもりとした黒い人だかりが。
「え…?あ、キャァァァァァァッ!美形様ぁっ!」
「うわ…」
同じくそちらに目を向けたのだろうリカが、執事役も忘れ、大絶叫をかましたところで、人だかりの中心から、ゆっくりと歩み出てきた真鍋の姿を捉えてポカンと口が開いた。
「あれはまた、すっごい…」
「ククッ、さすがは真鍋。タイミングをよく分かっている」
ニヤリと口角を上げる火宮は、ちょうど退店時に入れ替わるようにやってきた真鍋に、満足げな笑みを向けている。
「あれはまた、今以上の客を引き連れて」
さすが真鍋だ、とおおらかに笑う七重が、結局追っかけを振り切ることをせずにゾロゾロと群衆を纏った真鍋を、可笑しそうに見つめていた。
「俺たちと入れ違うタイミングで訪れて、俺たちを翼くんともども逃がしてくれる腹積もりか?」
「ククッ、有能でしょう?」
「あぁ。ああして真鍋がミーハーな者どもを惹きつけておいてくれるお陰で、こちらはそれなりに平穏だ」
カラリと楽しく笑う七重は、げっそりとしている真鍋のあの顔が見えてはいないのか。
「なんかちょっと可哀想なんですけど…」
「ククッ、俺とオヤジが参加すると分かった時点で、それ相応の覚悟はあっただろう」
あの美貌だ。体育祭の時にも痛感しているはずだぞ?と笑う火宮と、げっそりとした真鍋の視線が絡み合う。
「ククッ、だがそれでもあまりに憐れだからな」
「火宮さん?」
『浜崎を、おまえの側につけておく』
多少の防波堤にはなるだろう、と笑う火宮に、意図を理解したらしい真鍋が、静かに『かしこまりました』と頭を上下させた。
「キャァッ、なんて、浮かれている場合じゃなくて、ほら、接客、接客!」
自分が一番目を輝かせて大絶叫をかましたことを棚に上げ、リカが現シフト担当者たちの尻を叩いて急かしている。
「行くぞ、翼」
この隙に、と俺を促す火宮が、七重を伴って店から出て行く。
「うわぁ…」
ふらりと店を出たその瞬間。どわっと大きな塊となった群衆が、俺のクラスの店の前に、これでもかというほど押し寄せている光景が視界に飛び込み、俺はそれが誰の効果かを悟って、ヒクリと片頬が引き攣るのを感じていた。
「つ、ば、さぁーっ。おまえが引き込んだVIP、すごすぎー!」
美形様とティータイムのひとときを!と我先に店内に雪崩れ込もうとする客たちを必死で整列させながら、タクトが人込みに揉まれて消えていった。
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