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第673話

結局、残り数時間と1日。文化祭をやり切った、俺たちのクラスの結果発表は。 「なんでか、2位って…」 あはは、と苦笑が浮かんでしまう俺を、火宮がニヤリと、なんとも楽しそうに見つめてきた。 「そりゃあ真鍋が2日目に、あれだけ精力的に動けばな」 ククッ、と意地悪く喉を鳴らす火宮は、そんな結果も随分と前から見越していたようで。 「はぁっ…」 「クッ、あの真鍋が、利用されるだけ利用されて、黙って大人しくしているタマか」 「デスヨネー」 はははは、とつい遠い目をしてしまう俺は、人を利用することはあっても、決して己が利用されるようなことはない、どSで冷酷非情な幹部様のクールな顔を思い浮かべて、少しだけ納得した。 「2日目、また姿が見えたなーなんて思ってたら、本当、これでもかっていうほどまたもたっくさんの取り巻きを引き連れて、あっちの店、こっちの店と、無造作にバンバンお金を落とさせていってましたもんね」 「あぁ」 「前日の収益で天狗になって、余裕ぶっこいてたリカが、その現象に驚き慌てたときには遅くって」 「ククッ」 「せっかくの前日に躍り出ていた収益、集客数、スタートラインに戻すかのように、何店舗かをフラットにしてしまいましたもんねー」 見る見るうちにデータを伸ばしていき、同率集客数にまで追い付いてきた他の数店舗の様子を思い出し、その時のリカの顔といったら…。 「あれはなかった。鬼のような形相になりながら青褪めて、でも諦めきれなくてみんなの尻叩きまくって」 「クッ、ははっ」 「お陰でうちのクラスの2日目、死屍累々の大惨事でしたよ」 あれは怖かった。逆転執事メイド喫茶というより、まるでゾンビ喫茶。 「しかも結果発表がえげつない。さすがのリカも、もう言葉もない、って感じでした」 「なるほどな。静かに微笑んで、大人しく言うこと聞いている真鍋が一番怖いと、よく分かっただろう」 クックックッ、と愉悦に目を細める火宮は、本当に本当に愉快そうで。 「本当ですね。さすが裏ボスです。まさかあの後、姿が見えなくなっちゃったなーと思っていたら、1年のコスプレ喫茶に居座って、あんなに貢献しまくっていただなんて」 「ククッ、真鍋のコスプレか。さぞ高値がついただろう?」 「高値どころの話じゃないですよ。次から次へと店員やお客さんに言われるがまま、衣装チェンジを繰り返して、しかも激写フリーの許可ですよ?望みの客とはツーショットを撮らせるし…そんなの、あの店が利用しないわけないじゃないですか」 「クッ、はは、あの真鍋がな。そこまでやったか」 「リカへの意趣返しにしては、もうやり過ぎなんです。それによりにもよって、似たようなコンセプト喫茶をその対抗馬に選ぶだなんて」 真鍋らしいと言えば真鍋らしいけれど。 「お陰で喫茶収入、写真収入、集客数…爆上がりで、あっさり逆転。引き抜いてくる!と焦りに焦ったリカが乗り込んでいって、ミイラ取りがミイラになってるし…」 「それはそれは」 「真鍋さんに文句言いに行ったはずのリカが、コスプレ真鍋の虜になって、むしろ向こうの店に収益貢献してくるって、どういうことです」 あれはなかった。本当になかった。 愕然と、同率首位に並んだ他の店舗の収益数を見た時の顔よりもなかった。 デレデレ、目にはハートマーク。一緒に撮りまくったコスプレ写真を自慢された日には、もう怒る気力も起きなかった。 お陰で今年度の文化祭、栄えある1位は、その1年のコスプレ喫茶に掻っ攫われていったし、念願のテーマパーク利用券も学食タダ券も夢と消え…。 「いや、テーマパークは…」 つい、その後のすったもんだを思い出してしまい、俺はげっそりと、隣の火宮に視線を向けた。 「ククッ、なんだ?」 「っー!なんだじゃないですよ、あんな、あんな…」 カァッと熱くなる頬が、ポンッと爆発して、サーッと血の気の引く感触が忙しい。 「ククッ、赤くなったり青くなったり」 「それはそうですよ!なんなんですか、あの、ミス、ミスターコン」 ガウッ、と思わず火宮に噛みついてしまう俺は、後夜祭直前、中央本部前ステージ上で行われた、美男美女コンテストで、なんと優勝をいただいてしまっていた。 「よかったじゃないか、グランプリ」 お陰で副賞のテーマパークペアチケットが…ってね。 「ちっがーう!それは嬉しいですけど、だけど問題はそこじゃなくって」 「ククッ」 「なんで俺が、ミスコンなんですかっ!」 「ククッ、それはおまえが可愛いからだろう?」 「っー!確かに、女装してましたよ?メイドでしたよ?でしたけど…俺はれっきとした男ですっ!」 ばうっと吠える俺に、火宮が「よく知っているが」なんて、チラと視線を向けてくる先が下半身なのがまたムカツク。 「どこ見てんですかっ」 「どこって…」 「あーっ!言わなくていいです。聞いた俺が馬鹿でした。その顔やめて下さい」 「顔?」 「ニヤリってした、その、意地悪な、どSな顔ですっ」 「ほぉ?」 そんな顔をしているか?と笑って目を細める火宮の、だからその顔なんだって! 「もう本当にありえない…。勝手にミスコンにエントリーされた挙句、グランプリを獲るなんて。しかもその後のアレ!」 「クックックッ、グランプリ発表の、ステージ上」 「思い出したくない…」 「思い出せ。壇上で俺と交わした熱いキ…」 「ぎゃぁぁっ!だ、か、ら、言うなーっ!」 思わず大声を出して耳を塞ぐ俺は当然のこと。 だってあの表彰式で。優勝インタビューで持ち掛けられた、優勝者への王冠の授与の方法で。 「ミスへは、ミスターからその頭に王冠と、背にはマント…だったな」 「ですよねっ?あなた、ミスターじゃないですよねっ?」 うちの高校のミス、ミスターコンは、どうやら部外者のエントリーは認められていない制度で。 自薦他薦ともにエントリーできるのは、高校の生徒のみ。 もちろん俺は立候補なんてするわけもなく、知らぬ間にエントリーされていたんだけど、それが可能なのはクラスメイトのみという規定があって。 「そもそも、俺をミスコンに出場させたのも、火宮さんが藍くんを使って無理やりエントリーさせたのが発端なのに…」 「ククッ、気づいていたのか」 「当たり前ですっ!他の誰が、俺に内緒で、俺をミスコンの方に推薦するっていうんですか」 「あのリカとかいう女ならやりそうだが?」 「リカは例の件で、店の仕切りに手一杯でした」 「クックックッ、候補は絞られるというわけか」 「そうですよ。じゃなくって、そうやってあなたが俺をミスコンに出させたくせに…」 むぅ、と尖る口元は、己の所業のせいで起こった結果に対しての、火宮の行動に不満がありありだからだ。 「いざ、俺が優勝して、同じく優勝したミスターから、戴冠されるというその寸前で」 「ククッ」 「ステージ上に乱入し、『それはこのミスの唯一絶対のパートナーである、この俺だけが許される役目だな』って。どこの王様ですか。何様なんですか」 「ククッ、誰とも知らぬ男から、王冠を受け取らされるおまえを見るだけで腹立たしい」 「嫉妬魔…」 ボソッと呟いた言葉はしっかりと火宮の耳に拾われてしまったらしく、ジロリと向く視線にゾクリとした。 「ほぉ?」 「っ!だって!それで、ミスターのグランプリから、王冠とマントを奪い取って、俺に被せてくれたまでは、それでもまだよかったですけど…」 「クッ、ははっ」 「颯爽と壇上に現れたあなたが、そんなことをしたからもう、ステージ下のお客さんたちの目は火宮さんに釘付けで、すっかり霞んだミスターは可哀想だし、悲鳴はうるさいし…挙句、その大注目の中、あなた、何をしましたかっ?」 そう、それだ。俺がいまだにプリプリ怒ってしまうのは、あのとき、あの場で…。 「おまえを抱き上げ、キスをしたな」 「っー!だからっ、それですよ!しかも、ただ抱き上げたんじゃなくてお姫様抱っこ!しかも、ただのキスじゃなくて、がっつりディープなやつ!」 ぎゃんぎゃん怒鳴る俺の気持ちを誰か分かって欲しい。 あんな大勢の人前で、あんな見せつけるようなねっとりとしたキス…。 「いいんですか。あんなに目立つことをして」 「いいとは?」 「写真、きっと撮られまくっていましたよね?」 あのステージ下の群衆が、あんなネタを見逃すとは思えない。 「なんか、危ないことになっても知りませんよ」 体育祭のあのときに、その写真がもとで狙われた事件のことを覚えていないのだろうか。 「ククッ、逆だ」 「え…?」 「逆だ、翼。人は、隠されるから知りたくなる。隠されているから暴きにかかる」 「っ…?」 「同業も、敵対組織も、俺の隙を狙っているやつらはみんな、おまえを公にしようとしなかろうと、俺への切り札となるものをどうあっても暴き、狙いに来る」 「そ、れは…」 「もうな、俺がさらに上の立場に上がったことで、おまえとのことを隠そうが晒そうが、おまえは誰もかれもにターゲットにされ得る存在になってしまっているんだ」 スゥッ、と薄く目を細める火宮は、それでもそれを嘆く様子は一切持たないようだった。 「っ…」 「だから、ならば正々堂々と晒してやるのさ。これが俺の、誰より何より大切なものだと」 「っ!」 「これに手出しするつもりなら、それだけの覚悟をしてやってこいよ、と」 「火宮さん…」 「俺が絶対に護り抜く。誰にも決して侵させない。絶対不可侵の聖域だ。それを知らしめ、分からせる、十分な言動だったと、俺は思っている」 現に公安は、2度とおまえに不用意に接触してこようとは思わなくなっただろう、と言う火宮が、不意にスマホの画面を向けてきた。 「っ、これ…」 そこには、すっかり自由に拡散された、俺と火宮の壇上でのあのシーンが映っていて。 愛おしむように、慈しむように、火宮の目が真っ直ぐに俺を見つめていた。 これを侵されれば、これを踏み荒らされれば、俺は決して黙っていないぞと。 踏みにじる行為は、自殺と同義。 はっきりと、それが分かる。虎の出された尾だと、恐ろしいほどに感じ取れる。 「踏めるのか?」と鮮やかに笑う火宮の姿が、悠然と全てを見下ろしているかのような、そんな、絶対不可侵の、バリアが張り巡らされた写真だった。 「バ、カ、ですか…。なんです、これ」 こんな、世界中の誰よりも愛おしいだなんて、そんな目をしたこの写真。 「恥、ずかしい、ん、ですよ…」 じわりと滲んだ視界に映るのは、これが俺のすべてだと俺を腕に捕え込む、苦しいほどの渇望を含んだ火宮の姿で。 「もう、本当、バカ…」 これを失くしたら、これを失ったら、それこそこの人がどうなるかは分からない。 そんな、狂おしいほどの愛に満ちたその光景が、じわり、じわりと俺の中に熱く浸透して。 「愛してる…」 「翼…」 「愛してます、誰よりも」 そう、俺こそも、この温もりを失ったのなら、どうなるか分からない。 それこそ、同じ熱量で、火宮を見つめ返している俺の視線もその写真の中にはばっちりと映っていて。 「分け合って…」 「っ、翼」 「満たして…。埋めて…」 「つ、ばさっ」 「湧いても、湧いても、まだ湧き上がる、この、あなたを食らい尽くしたいと思う貪欲なまでの俺の欲望」 「っ…」 渇望と言い換えてもいい、あなたの熱が、あなたのすべてが、この身に欲しい。 この身に全てを取り込んで、誰にも侵させたくはない。 そろりと伸ばした手は反対に火宮にぐいと取られ、ぞろりと擦れ合ったのは、互いを望んで熱く硬く震える熱で。 「翼」 「んっ、刃」 貪るように激しく、焼けるように熱く重なる吐息が混ざり合う。 じゅるりと上がった水音の間で、ゆったりと弧を描いたのは、俺の唇だったか、火宮のそれだったのか。

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