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第676話
「翼さんっ、無事っすね?」
タタタッ、と軽い足音を立てて、浜崎が屋上の中央辺りにいた俺たちの元へ駆け寄ってきた。
「まぁ、はい」
「状況のご理解は…」
「出来てます」
大丈夫だと頷く俺に、浜崎がホッと肩を下ろすのが見えた。
「ではすぐに」
「はい。あ、でも鞄とか荷物、教室だから…」
「そうっすね。取りに寄って、そのまま帰りましょう。豊峰」
ついて行け、という浜崎に、豊峰が「はーい」と呑気な声を上げる。
「おれは廊下で待ってますんで」
荷物をまとめたらすぐに出て来いという浜崎に頷いて、俺たちは屋上から校舎内に戻って、教室まで下りていった。
「ふわー。疲れた…」
階下に降りた途端、すっかり昼のニュースが伝わっていたらしいクラス内では、多数の心配の声と共に、ワラワラとクラスメイトに囲まれてしまった。
物騒なニュース、蒼羽会の名前、その上で俺が早退となれば、みんなの注目が俺に集まるのは必然だろう。
けれども俺だって今は、みんなが持ち合わせている以上の情報は持っていなくて、どうにかこうにか周囲を宥める豊峰に連れられて、なんとかその教室内を脱出してきたところだった。
「心配半分、好奇心十分って感じだな」
「まぁねー。俺も逆の立場だったら、当事者に近いクラスメイトに興味津々だよ、きっと」
それは仕方のないことだと思う。
「ま、和泉に会えたのはよかったな」
「そうだね。でも本当に明日からも登校できないのかな」
「そりゃそうだろ。片が付くまでは、多分外出も制限されるぞ」
「そっか…」
そういう豊峰の話を聞いて、紫藤に授業のノートを取ってもらえるように交渉できたのはよかったけれど。
「あ、翼さん。豊峰。支度はできたっすか?」
「あ、浜崎さん。はい、お待たせしました」
ふと、廊下を歩いていた俺たちは、待機していた浜崎の元までたどり着いていて、無事合流し、昇降口へと向かった。
「一応、裏門の方へ車を回してますが、先におれと豊峰が出ますね。翼さんは合図があるまで門の内側で待っていて下さい」
用心のため、と伝えてくる浜崎に、俺はコクリと頷いて、2人が注意深く門の外へと出て行くのを見送った。
「チッ、さすがにマスコミと組対は正門側しか張ってないけど、あれは公安か…」
ぼそっと呟く浜崎は、何か不審な影でも見つけたのだろうか。
「シレッと通行人みたいな顔をしてますけど、サツかどうかは臭いで分かりますね。強面じゃない辺り、そっち系ですね」
「ふっ、まあ公安なら、派手な接触は避けてくるだろうし…豊峰、頼んでいいか?」
「適当にあしらって撒いてくりゃいいですか?」
「任せる」
「りょうっかい」
こそこそ、ひそひそと合図し合った豊峰と浜崎が、サッと行動に移っていく。
「翼さん」
この隙です、と言いながら、『来い』と合図する浜崎に頷いて、俺はタタッと素早く門を出て、浜崎に指示されるまま、近くに停められていた車の後部座席に乗り込んだ。
「藍くんは?」
「豊峰なら、張り込みのヤツを適当におちょくって、目くらましの囮になってるっす」
「大丈夫なんですか?」
「あれでも一応、いちヤクザの跡継ぎ候補のご令息でしたからね。それなりの対処法や教育は受けてるっすよ」
ヤクザの英才教育とでもいうのか。
「どういう相手に、どの程度の対処をして大丈夫かは、ちゃんとわきまえてるっす。上手くやりますよ」
任せましょう、と言う浜崎に、心底納得は出来なかったけれど、ここは頷くほか俺にできることはない。
「まぁでも俺よりは慣れてるんだろうなぁ…」
修羅場と言うなら、俺も火宮と付き合い始めてからは、相当数経験してきたと思うけれど。
根本の…ヤクザ社会に関してのあれやこれや、ましてや警察に対しての対処のしかたは、きっと全然違うだろう。
「俺ももっと勉強しないとなぁ…」
法律を知ったり、知識をもっとつけなければ。俺はいつまで経っても、こういうときに、こうして守ってもらわなければならないだけになってしまう。
「大丈夫っすよ。翼さんは、会長の一番大切なお方です。おれたちみたいなのを、手足のように使って下さればそれでいいんすよ」
俺自身が気張る必要はないって?
「でも…」
それではあまりにあんまりだ。
ふらりと車窓に映した視界の中に、豊峰がなにやら近くにいた人の注意を引き付けている姿が映っていた。
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