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第677話
そうして無事に、マンションに帰りついた俺は、玄関を入るまでピッタリ浜崎に付き添われ、ようやくリビングで1人になり、寛いでいた。
追っての指示はまた、真鍋が来るか伝えてくるかするらしく、それまで俺はマンション内で大人しく待機だそうだ。
やはり明日から数日間は登校を控えるようにという話で、外出も必要のない限り我慢しろということだった。
「窮屈かもしれませんが、すんません」
そう言ってペコリと頭を下げた浜崎が、悪いことなんてなにもない。
「あーあ。俺にできることは、こうしてここで大人しく指示に従って、足手纏いにならないことだけだよな…」
ふらりと持ち上げた手を、バタンと重力に引かれるまま落とす。
ごろりと転がったソファーの上から、ぼんやりと見上げるのは、見慣れた天井だった。
負傷したと言っていた部下の人たちはどうなったのだろうか。
死者が出たとは言っていないから、きっと怪我をしたくらいでみんな無事なのだろうけれど、それでも。
「重症者、いないといいけど…」
心配に胸をきゅぅと縮めながら、ぼんやりと首を巡らせる。
帰ってきてからすぐにつけたテレビの中からは、昼のワイドショー番組が様々な情報を伝えていて。
先程の蒼羽会爆破事件のことも、ちらりと報道されたけれど、今はもう別の話題に切り替わっていて、あれ以来の続報は特に得られなかった。
「無力だなー」
きっと今頃火宮たちは、情報収集やら様々な方面の対処でバタバタと動いていることだろう。
浜崎や豊峰だって、その手足となって働いている。
負傷した人たちだって、火宮を護って、という役目を果たした末の結果で。
あまりに俺にはなにもない。
何もできる力がない。
「はぁっ…」と深い溜息が腹の底から湧き上がり、ブツンと消したテレビの真っ暗な画面に、ごろりとソファに転がるだけの無力で情けない俺という塊が映っていた。
カタン、という小さな物音が玄関の方から聞こえ、俺はゆっくりと瞼を持ち上げていった。
いつの間に目を閉じてしまっていたのか、どうやら少しウトウトしてしまっていたようだ。
「翼さん…?」
そろりと気遣うように、リビングまで上がり込んできたのは、昼に別れたばかりの浜崎だった。
「あ、浜崎さん。どうかしましたか?」
むくりとソファから起き上がり、リビングのドアから顔を見せた浜崎に視線を向ければ、ホッとしたように頬を緩ませた浜崎が、ゆっくりと近づいてきた。
「いえ、その、内線をお呼びしたんすけど、反応がなかったもんですから…」
「え?あ、本当だ」
言われてちらりと壁の内線電話機に目を向ければ、着信アリを示すオレンジランプが点滅していた。
「すみません…」
こんなときに、俺はすっかり熟睡してしまっていたとでもいうのだろうか。
あまりの申し訳なさに身が縮む。
「いえ、ご無事なら構わないんすけどっ。あのでも、その、伝言が」
「あ、真鍋さんですか?」
慌ててワタワタと手を振る浜崎に「どうぞ」と向かいのソファを勧めれば、ますます困ったように両手を振られてしまった。
「いえっ、おれはここで。え、っとその、真鍋幹部から、伝言なんすけど」
「はい」
「今日は、会長が帰られないことと、真鍋幹部もこちらに寄ることができないとのことで…」
「あ、そうなんですね」
「そうみたいっす。なので、申し訳ないけど、おれが伝言することと、くれぐれも戸締りその他に気をつけてお部屋にいていただくこと」
「はい」
「それから、夕食の買い物や必要品の買い出しが何かないかって…。おれが買ってくるんで」
なるほど。その旨を俺に聞けとでも命じられたんだろう。
下からは滅多にこちらに連絡をしてこないのに、今日に限って内線を鳴らしたのはそういうことか。
「うーん…今夜は俺1人ってことですよね。そしたら、あり合わせで適当に何か作って食べます」
「そうっすか?」
「はい。明日以降、また、外出許可が下りないようでしたら、そのときはお買い物を頼むかもしれません」
「分かりました」
「お願いするようなら、買い物リストを作っておきますね」
「了解っす。そんときは内線を遠慮なく呼んでください」
「ありがとうございます」
にかっ、と笑う浜崎に、俺もはらりと笑みを浮かべてしまいながら頷いた。
「そうしたら、少しだけ室内の安全を確認させてもらっていいっすか?」
「真鍋さんの命令ですか?」
「そうっす」
すんません、と言いながら、浜崎がぐるりと室内を見回す。
「でもここ、俺とか火宮さんたち限られた人しか入れませんよね」
そこに侵入して何かを仕掛ける、というのは、至難の業ではないだろうか。
そもそもその「俺」も、静脈認証された人間が一緒でないと入れないほどのセキュリティに阻まれた部屋なのだ。
「そうなんすけどね。念のためだそうで」
「そうですか…」
テクテクとキッチンに歩いて行っては、軽く棚の中などを覗き込み、不審物がないかをチェックしているんだろう。
テレビの側やコンセントをチラチラと見て回った浜崎が、満足したらしく、ゆっくりとリビングの俺の元に戻ってきた。
「一通り、安全確認はできたっす。お時間を取らせまして」
「いえ、それは構わないんですけど…その、相手、というか、敵?は、もしかしてものすごく強敵だったりするんですか?」
このセキュリティ万全の室内に、それほど警戒をしなければならない相手なんだろうか。
「へっ?あ、いえ、まだ何も掴めてないんで、どうとも言えないんすけど…」
「そうですか…」
「ただ、念には念をと言った話なだけです。あまりご心配しなくても、ご存じの通り、このマンションのセキュリティは完璧っすから」
「そうですね」
何となく浜崎の行動が腑に落ちない気もしたけれど、離れていざるを得ない火宮の憂慮を宥めるためなんだろうな、と思って、俺はそれ以上気にするのをやめた。
「そうしたら、翼さん。そもそもこの部屋まで上がって来れる人間は限られてるっすけど、くれぐれも、内側から玄関の鍵は解除しないようお願いします」
「はーい」
「何かありましたら、いつでも遠慮なく内線を鳴らして下さい」
すぐにお応えします、と笑う浜崎に頷いた俺を確認して、浜崎は「では」と部屋を出て行った。
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