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第678話
浜崎の伝言通り、その日、火宮は帰宅しなかった。
翌朝になっても、昼になってもやはり、火宮が帰って来る気配はない。
それどころか火宮からも真鍋からも、連絡の1つも入ることはなかった。
「はぁっ。どれだけ忙しいんだろう…」
いつもなら、それでも半日もたてば流石に真鍋が、俺の様子窺いも兼ねて、連絡の1本くらい寄越しそうなものなのに。
その暇さえないほど、まだ向こうはバタついているのだろうか。
「心配だなぁ…」
こうして室内に引きこもり、音信をただ待つだけの時間はとても苦痛だ。
「何がどうなっているんだろ…」
その後、犯人は特定できたのかとか、警察の捜査とかはどうなっているのかとか。
負傷した人たちの容態も気になるし、火宮たちがどうしているのかも知りたい。
ぼんやりと持ち出したスマホを、何の気なしに見下ろす。
指紋を認証させてロックを解除すれば、何の変哲もないホーム画面が表示された。
「続報とか、出てるのかな?」
ニュースがそれほどあてになるとは思っていないけど、もしかしたら少しくらいは新情報が流れているかもしれない。
ブラウザソフトを立ち上げた俺は、何気なくニュース画面をタップして…ひやり、と凍り付いた。
「え…?」
思わず目を瞠ったその画面に書かれていたのは、今朝方新たに起きた爆破事件の記事で。
「連続、爆破事件…?今日の午前中に、有名レストランの店舗が爆発…?ここって…」
呆然と記事の内容を確認した俺は、そのレストランの外観に見覚えがあることに気づいてますます心臓を凍り付かせた。
「火宮さんが出資したっていう…前に連れて行ってもらったことがあるレストランだ…」
蒼羽会の名は出ていないはずの、けれども確かに火宮が関わる表の会社が出資したレストラン。
ヤクザが絡んでいるなんて全く分からない、オーナーがとても丁寧で親切な、あの料理も美味しかった店が、爆破…?
ぶるりと震えた手で思わずスマホを取り落としそうになった俺は、その時ふと画面を掠めてしまった手が、更新ボタンを触ってしまったことに気が付いた。
「あ…」
パッと再読み込みが行われた画面が、先ほどのものから切り替わる。
Newのマークがついた最新ニュースが新たにいくつか現れた中に、またも「爆破」の文字が躍るトピックスが見えた。
「う、そ、でしょ…?」
震える指先がそっと触れたその最新ニュース。
詳細がパッと映し出された画面には、今度はどこぞで車が爆破されたという物騒な記事。
「じゅ、しょ…火宮さんの、会社の近く…。この車…」
よくあるセダンだ。黒塗りの高級車であるそれだけど、それなりの台数だって走ってる。
「火宮さんちのじゃない。火宮さんが乗ってるのじゃない…っ」
祈るような気持ちで必死に繰り返し唱えながら、俺はゆっくりとその記事をスクロールしていく。
「っ…」
ひゅっ、と喉に絡まった息が、不格好に途切れた。
サァッと頭から血の気が引き、ぎゅぅっと心臓が鷲掴みにされたように縮み上がった。
カチカチと、唇が慄いて、歯の根が合わない。
「…七重組系の指定暴力団、蒼羽会会長、火宮刃の乗る車が…」
かっこ書きの年齢付きで報じられる、その内容。
爆発、炎上、と続く文字が、震えのあまり上手く読み取れない。
死亡の報はない。負傷の文字もまだないけれど、ただ。
画質も荒く、いかにも通りがかりの通行人が撮影しましたといった風の、車が炎上している写真が1枚。
どう見たってこの車内に乗っていたら、助かるなんて思えない、炎に包まれた車が映るその画像が目にやたらと焼き付いて。
「ひ、みや、さんっ……」
するりと手の中から滑り落ちたスマホが、ガコン、と派手な音を立てて、床にぶつかった。
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