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第681話
「ふぅ…」
カタン、と小さな物音を立てて、バスルームへ続くドアが開き、湯上りの火宮が相変わらず壮絶な色気を放ちながらリビングへ出てきた。
「あ、火宮さん、お疲れ様です。ゆっくり温まりました?」
さっぱり、そして少しだけ血色がよくなっている火宮の顔を見つめながら、俺は手元でちょうど完成した食事をダイニングテーブルに運んで行った。
「あぁ。少し疲労が和らいだ」
「良かったです。あの、本当にうどんにしてしまったんですけど、いいですか?」
さすがにお茶漬けというのは気が引けて、無事ストックがあったうどんを茹でてみた。
いくら簡単でいいと言われたからといっても、素うどんなんて出すわけにもいかず、これまたストックがあったネギと豚肉を使っての肉うどんだ。
「ふっ、腹に入れば何でもいい」
「またぁ。こんなときこそ、食事をしっかりとって、エネルギーチャージしないと」
「ククッ、そうだな。だが、エネルギー補充というなら俺は食い物よりもこちらの…」
「ちょっ、火宮さんっ…?」
ニヤリと悪戯に笑った火宮がするりと近づき、わしっと俺の尻を鷲掴みにしながら、もう一方の手では顎を捕らえてくる。
「んっ…」
いや、と形ばかりの抵抗をしながらも、すっかり馴染んだ俺の身体は従順に火宮の口づけを受け入れる。
『ククッ、極上のご馳走だ。ごちそうさん』
ちゅぷ、じゅるっ、と好き放題俺の唇を貪っていった火宮のそれが、こそっと耳元にイイ声を囁いていった。
「っーー!も、バカ…」
はっ、はっ、と上がってしまった息に、滲んでしまった視界の中、火宮を睨みつける。
「クッ、その顔」
誘っているのか、と目を弧の形にする火宮にバッと首を振って、俺は急いでキッチンの方に逃げていった。
「お茶っ…に、しますか?それともお酒を飲みます?」
「おまえのアレ、という選択肢は?」
「んなっ…何馬鹿なことを言って…っ」
このど変態っ!
内心で叫びながらギロッと火宮を睨みつけたら、クックッと可笑しそうに喉を鳴らした火宮が、「ヘンタイね…」と意味ありげに呟いた。
「っ、言ってませんっ」
「目が語っている」
「っーー!気のせいですっ」
まったく。どこが疲れているって?元気じゃないか。
むっとなりながらも、勝手にお茶を選んでコップに注いだ俺は、それをがしっと鷲掴みにしながら足音荒くダイニングに持って行った。
「ククッ、本当におまえは飽きないな」
「俺はあなたの玩具じゃありませんー」
んべー、と舌を出しながら、ドンッと乱暴にコップをテーブルに置いてやる。
「ククッ、で?」
「っ…なんですかっ」
「ソレ。出さなくていいのか?」
クックッと目を細めながら笑って、ちらりと人の下半身に視線を向けてくる火宮の、相変わらず意地悪なことといったら。
「い、いいんですっ!」
そりゃ、さっきのキスで、ちょっと勃っちゃったけどさ。
火宮がいない夜が続いていて、自慰も許されていない俺は、ちょっと溜まり始めてはいるけどさ。
だけど、今がそんな場合じゃないことくらいは、ちゃんとわきまえている。
「そんなちょっかいを掛けている暇があったら、その分食事を早く済ませて、少しでも多く寝て下さい」
平均2~3時間睡眠が続いて、今、俺とシたら、またそれだけ睡眠時間が削られてしまうんだ。
そんな負担を今、増やすことは正しくなんてないから。
「クッ、随分と物分かりがいいことで」
「ふふ、俺を誰だと?」
「翼だな。俺の最愛の伴侶だ」
「そうですよ。俺はあなたのパートナー。今、あなたに何が必要かなんて、考えなくても分かるんですから」
「頼もしい」
「はい。そうと分かったら、ほら、うどん、冷めてしまいますよ?食べましょう」
「あぁ」
ククッ、とサディスティックに笑う火宮だけれど、その笑みの裏に、どうしても浮かび上がる翳りを、俺は見逃しきれないから。
『少しでもゆっくりと寛いで、最大限、寝て下さい…』
こそっと内心だけで呟いて、俺はふわりと目の前の火宮に微笑みかける。
ダイニングテーブルの自分の席に着いた火宮が、綺麗な箸遣いでさっそくうどんに手を付け始める。
ズズーッとうどんを啜り上げている火宮の、あまりに似合わない庶民的な姿を見て、俺は思わずクスクスと笑い声を上げてしまった。
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