691 / 719

第691話

そうして、素っ裸になった俺たちは、一緒に露天風呂でキャッキャとはしゃぎ、これまた部屋に届けられた豪華な夕食のお膳に舌鼓を打ち、夜が更けるまで並べて敷かれた布団の上で、あれやこれやとたくさんの話をした。 裏社会の血生臭い話は一切抜きに、中国ではこういうお菓子が美味しいだとか、日本ではこんな食べ物があるんだとか。 遊園地やテーマパークはどんなところだとか、今の流行りはなんだとか。 互いの国のことや、文化について。アキが知らない日本の一般的な高校生の生態や、逆に俺が知らないアキのセレブな生活のこと。 互いに話題も興味も尽きず、気づけば時計の針は深夜を回り、まだまだ話し足りないと思いながらも、重たくなってくる瞼には逆らえなくなってきた。 「ふぁぁぁっ、んっ」 思わず漏らしてしまった欠伸に、アキのクスクス笑う声が聞こえる。 「眠くなってきた?」 「あ、ごめんなさい。でも少し」 「うん、いいよ。もうすっかり真夜中だし。そろそろ眠ろうか」 互いに布団に包まって、目だけを覗かせて笑い合う。 すっかり闇に慣れた目が、ぼんやりとそんな互いの顔を見つめ合った。 「楽しくて、もったいないです」 「うん。でもまだ、明日も明後日もあるし」 「そうですね。でも、劉さん、見つけてきませんか?」 「んー?まぁ、劉は、ね。来ないんじゃないかな、後2日くらい」 ふふ、と笑うアキの目が、なんだか悪戯っぽく光った気がした。 「そうですか?」 「うん。互角とは言っても、精鋭のほとんどをこちらに連れてきてしまっているからね」 2日くらいは逃げ切れるだろう、と笑うアキの、劉『は』と言った言葉にこそ、本当は俺は引っ掛かるべきだった。 「あはは、じゃぁ、明日も明後日も、またいっぱい遊べるんですね」 「うん」 「それじゃぁ、今日は、ここまでにします。おやすみなさい」 「うん、おやすみ」 ふわりと柔らかく微笑むアキの目が、するりと俺から天井に逸れていく。 俺も同じように仰向けになって、ぼんやりと見上げた天井を瞼の裏に感じながら、ゆっくりと瞳を閉じていく。 夜の帳が静かに幕を下ろし、俺は静かに闇に意識を投げた。 翌日も、朝早くから起き出しては、アキと楽しくおしゃべりしながら朝食を済ませ、今日は、かくれんぼをしたことがないからやりたいのだというアキの提案で、旅館内全てを使った大仰なかくれんぼをすることになった。 アキのところの護衛を駆り出し、旅館の従業員を巻き込んでの一大イベント状態。 精鋭揃いだという護衛から1人を鬼に据え、俺は、隠れ場所を求めて走るアキと離れ、どこか別の見つかり難いだろうところを探し、館内を駆け回った。 「ふっ、はっ、ここなら大丈夫かな」 彷徨い歩いた挙句に、俺が辿り着いたのは、調理場の一角だ。何やら大きめの収納庫らしきものがあり、幸い鍵はかかっておらず、中身もスカスカだ。 「んっ…入れそう」 普段は何らかの備品でも仕舞われているのだろうか。綺麗に掃除されたそこには、お誂え向きに人1人が入れる空間があった。 「おっ、真っ暗にならないし、空気窓から外が見える」 これなら鬼が来てもその動向を見ることが出来そうだ。 ラッキーと思いながら、俺はその収納庫の中に身を潜め、そっと息と気配を殺しながら、鬼の探索を待った。 当然、スタート地点から、「もういいかい?」と聞いたところで、声など届くはずもない。そのため、ゆっくり100数えたら自動的に鬼が出発というシステムを取っている。 『もう探しに出た頃だな』 ひっそりと収納庫の中で身を縮めながら、俺は、アキも上手く隠れたかな?なんて、あの無邪気にはしゃいだ黒幇首領様の顔を思い浮かべていた。

ともだちにシェアしよう!