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第698話
「で」
不意に、ぴりりと冷たいオーラを纏い直した火宮に、ぎくりと顔が強張った。
そうだ。ここは仕置き部屋で、すっかり忘れていたけれど、真鍋と池田も同じ室内に、静かに佇んでいたんだった。
「そのおまえが、あの状況下でのうのうと、部屋のドアを開け、連について他県の温泉宿へ行っただと?」
「っ、あぅ、その、それは…」
「おまえが俺のために、蒼羽会のために何か、と考えたことは分かるけれどな」
「っ…」
「それとこれとは別だろう?」
なぁ?と薄く目を細める火宮に、もうその心を理解してしまった俺は、猛省しかなかった。
「っ、あの、俺…」
ぴりりと冷たいオーラを纏う火宮の隣には、同じくブリザードを吹き荒らした真鍋の姿があって。
すぐ側にはこれまた同じく珍しい冷ややかな顔をした、池田が俺を睨み据えていた。
「クッ、随分と『蒼羽会会長のパートナー』であることにこだわっていたようだからな」
「っ、ひ、みや、さん…?」
「蒼羽会の姐として、蒼羽会会長の情人として、罰してやろう」
その扱いは喜べない、と思いながら、その立場で据えられるお灸がどれほどのものか、覚悟はあっても怯えずにはいられなかった。
「真鍋」
「はい」
スッと1歩前に、真鍋が歩みを進めてくる。
その目が冷たく俺を射抜いている。
「我々の調査を撹乱し、会長に酷い心痛をもたらし、こちらの人手をどれだけ煩わせたかお分かりですか」
「っ、ん、はい…」
「それが蒼羽会の姐であるお方の、正しき振る舞いか」
「っ、い、え…」
触れれば切れる。それこそ眼力に物理的な力があるのではなかろうかと思えるほど鋭い真鍋の視線に、俺はびくりと身を震わせるしかなかった。
嬉しい。
蒼羽会会長のパートナーとして、散々扱ってもらえてないと募らせた不満を思えば、こうして蒼羽会の姐と称され咎められることは、喜ぶべきことのはずなのに。
正直、怖い…。
けれど都合の悪い時だけその扱いはやめて欲しいなど、どの口が言えようか。
身勝手と言えば、散々俺を蒼羽会から遠ざけていたくせに、今になって蒼羽会の姐として処罰をなんて言い出す火宮もだと思うけれど。
「心配…掛けました…」
それは、俺が仕出かしてしまったこと。
俺を蒼羽会側の人間として扱え、のけ者にするなと喚きながら、その蒼羽会に対して、とんでもなく肝を冷やさせるような愚かな真似をしたのは俺だ。
「大変なときに…自分から行方不明になって…。あなたたちの手を煩わせ、事態を混乱させて…酷く、心配させました…」
「分かっておいでですね」
「はい…。ごめんなさい。連絡…取ったつもりで。だけどそれはアキさんが取ったって言っただけで、俺は自分でそれをちゃんと確認しませんでした」
「なるほど」
「あまりに浅はかで…。しかも途中からは、俺はのんきに、こっちの状況も考えず、ただ旅行を楽しんだ」
その間にどれほど、こちらを青褪めさせていたのか。
考えるまでもなく、そのことは知れた。
「っ、あなたは…。我々があなたがそうして呑気に遊び呆けている間に、どれほど必死であなたの行方を捜していたかお分かりか」
「っ、はい、ごめんなさい」
「もしも敵の手に落ちてしまっていたらと、どこぞに攫われ、どんな酷い目に遭ってやしないかと、これ以上ないほど憂慮させたことを、きちんとお分かりかっ」
ゆらり、と揺らいだ真鍋の声は、普段、どんなに激情に駆られても、クールな様を揺らがせない真鍋の、その心を痛いほどにかき乱してしまったのだと痛感した。
「仕置きです」
「っ…は、い」
ピシリと言い放たれた言葉に、分かってはいてもビクリと身が竦む。
思わず縋りつくように火宮に視線を移したら、静かに首を左右に振る姿に出会った。
「っ…」
援護は見込めない。
諦めろ、と語る火宮の目が、心配による怒りを宿していないわけがないことは俺が一番よく分かっていた。
ならば、せめて。
蒼羽会会長のパートナーとして、無様な振る舞いだけは避けなくてはいけない。
どんな凄惨な罰を与えられるのだろうか。
怖いけど、恐ろしくてたまらないけど、俺は俺のしたことの落とし前を、きちんとつけなければならなかった。
「お覚悟はよろしいですね?」
「っ、はい…」
ぎゅっと歯を食いしばって、コクリと頷いた俺に、真鍋の視線が「いいでしょう」と語っていた。
「それでは今から、尻を10、打ちます」
「っ、え…?」
いや、まさか、それだけ?
そりゃ、お尻を叩かれるなんて、痛いし嫌でたまらないけれど。
だけどこの人たちに掛けてしまった心配の、償いがその程度で済むのだろうか。
思わず見開いてしまった目を、ククッと火宮に笑われた。
「軽いと思うのか?」
「え、いや、それは…」
「まぁ、平手と言ってやりたいところだが、今回はさすがにおいたが過ぎたな。鞭を使うぞ」
「っ、む、ち…」
ひ、とおかしな悲鳴が喉から漏れて、真鍋の目がスゥッと薄く細められた。
「うちでは、愚かな振る舞いをした者への処罰は、その上の者から苦痛を与えられることをもって払わせます」
「っ、はい…」
分かってる。だからこの部屋なんだろうし、だから最高幹部以下、幹部と名がつく上位2名がここにいる。
「あなたに処罰を下すことが出来るのは、会長と、その許可を得た我々のみ。あなたに手を上げることを許されたのは私です」
「ま、なべ、さん…」
「ご存じですか?私は、会長と違って、一切の手加減をいたしません」
「っ、ぁー」
「行いを、心底後悔する苦痛をお与えします」
だから、軽いわけがない、と言い切る真鍋に、俺はぞくりと身を震わせながら、それほどまでにこの人たちの心を痛ませた自分を反省した。
「その後はもちろん身体検査と、俺からの仕置きだからな」
「ふへっ…?」
「クッ、連とは友人だな。だが、あの連だ。何もなかった、と言われそれを信じるには、俺は連に信用がない」
「っ…」
「もちろん、その連と2泊3日も、楽しく温泉旅行に行ったことなど、この俺が許すわけもないからな」
ククッと笑って口を挟んできた火宮に、俺はサァーッと血の気が引く音を確かに聞いた。
忘れてたー。
いや、忘れたと思っていたかった。
この人の、並々ならぬ独占欲。その上重なった嫉妬心は、一体どれだけの代償を支払えば清算されるのか。
「覚悟しておけ」
ふっ、と笑う火宮に、すでに泣きそうになったところに、スッと動く影を見つけた。
「それでは。池田」
「はっ」
目の端で動いたと思ったのは池田の影で、「失礼します」の声と共に、ぐるんと返された身体を、ぐいと強引に折りたたまれた。
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