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第702話※
「さてと」
ドクン、と大袈裟に跳ね上がった心臓が、口から零れ落ちてしまうかと思った。
それほどまでに重く厳かな火宮の声に、俺は背筋をピンと伸ばした。
「っ…」
火宮が、自宅マンションのこの部屋に上がってくるまでに、今までは指紋認証だったエレベーターの操作が、網膜スキャンと顔認証に変わっていたことに気がついていた。
玄関のセキュリティに関してもそうだ。これまで静脈認証だったそれに、暗証番号入力まで追加されていた。
「っ、俺が、アキさんに連れ出されてしまったから…」
どこの国家レベルか、大企業の最重要機密を守るシステムかと思われるほど厳重なそれ。
一体お金がいくら使われたかなんて、考えるだけで恐ろしい。
けれどもそれも、俺の浅はかな行動1つで起こったこと。
「分かっているなら話が早い」
「っ……」
「俺はおまえに、決して中から玄関を開けるなと。そう言いつけた」
「っ、はい…」
ずしりと重い火宮の声は、俺の身の安全を思えばこその厳しさを宿していて。
「おまえが中から玄関のドアを開けさえしなければ、さすがの連も、ここの扉のセキュリティは突破できなかった」
「っ、はい」
「その罪は重いぞ、翼。おまえは連の顔を見て、連を信用した。俺のいない部屋に、自ら連を招き入れた。他の男の侵入を、許したんだ」
「っ、そ、れは…」
違……わないことを、俺はよく分かっていた。
「浮気か?翼」
「っ…」
それは断じて違う。
ブンブンと首を左右に振る俺に、火宮の目がスゥッと薄く細められた。
「ならばどういう了見だ」
「それは…」
ついうっかり。
なんだけど、実際そんなこと、とても言える雰囲気ではなくて。
だけど実際は、ついうっかりで。
「クッ、その顔。おまえは、俺のオトコだということの認識が甘すぎる」
「っ……」
「ここが、俺とおまえの住処で、必要時に真鍋や浜崎を入れるのとは違って、他所の男に侵されていい場所ではないということが、あまりに分かっていなさすぎる」
「っ、それは…」
「ふっ、ここは、おまえを閉じ込めるための鳥籠ではないんだ」
「っ……」
「俺とおまえの巣、だろう?」
っ……。
ひゅっ、と喉に絡まった息が、変な音を立てた。
「そこから飛び立つことは自由だ。けれど、別の雄に鍵を明け渡し、その雄にフラフラついて行ったことは、許さない」
「あ、ぅ…」
「言っておいたな?まずはその身体に、別の雄のマーキングなどされてはいないか、身体検査からだ」
脱げ、と冷たく命じる火宮に、俺はビクリと身を強張らせ、ノロノロと顔を上げた。
「し、て、ません…。アキさんとは、何も」
「ならば脱いで証明しろ。言っただろう?俺は、その言葉を口先だけで信じられるほど、連を信用していない」
俺ではなく、と言われてしまえば、もう逆らう術はなかった。
「っ…」
煌々と明るいリビングの中、ぴしりと服を着た火宮の前で、俺だけが裸になる。
それが恥ずかしくて居た堪れなくて。けれどもアキと何もないことを証明するには、全てを見せるしかなくて。
「クッ、震えて、躊躇って。なんだ、見せられないものでも出てくるのか?」
ニヤリ、とした笑みで意地悪を言われ、俺はギッと火宮を睨みつけた。
そういう問題じゃないしっ!
恥ずかしいから躊躇うだけなのに。
疑われるんなら、盛大に脱いでやる。
どうせこれまで散々見られたことがある裸だ。今さら脱いで脱げないものでもない。
「ククッ、急にいい脱ぎっぷりだな。男前だ」
クックッと喉を震わせる火宮に、俺はすっかり火宮に乗せられたことに気がついた。
だけどそのときにはもう、羞恥を放り出し、下着をスポーンと脱ぎ捨てた後で。
「クッ、どうやら、見えるところには、目立った痕などないようだが…」
「どこにもあるわけないです」
だって本当に何もしてない。
痕跡など何1つ残りようがないのだ。
「なるほど。後ろは?」
「っ…」
くるりと回って火宮に背を向けてやれば、ジッと背中に当たる視線を感じた。
「なるほどな」
「これで満足、しましたか?」
首だけ回して後ろを振り返って、火宮の顔を見た俺は。
「っ…」
ニヤリとしたサディスティックな笑みを浮かべた火宮が、意地悪く口角を持ち上げたのを見てしまった。
「開いて見せろ」
「っ…」
どこを、だとか、何を、なんてことは、聞かなくても嫌というほどに分かった。
ジッと火宮が見つめているのは、俺の下半身。それも臀部の辺りで。
「足を肩幅に広げて、膝に手をつけ」
「そんなっ…」
「その姿勢から、両手を尻に回して、左右に開いて見せろ」
「っ…」
あまりに酷な命令に、じわりと目の前が滲んだ。
「翼?」
これは仕置きだぞ、と暗に伝わる声で呼ばれる。
「っ、く…」
湧き上がる羞恥と屈辱を堪えて、俺はゆっくりと上半身を前に倒していった。
「ククッ、まだ鞭の痕が残っているな」
「っーー!」
先程の仕置きのことまで持ち出され、カァッと頬っぺたが熱くなる。
「それで?その奥には、余分な痕などないだろうな?」
「ありま、せん…」
あるわけがない、と思いながら、俺は羞恥を飲み込んで、ゆっくりとお尻の割れ目に両手の指を掛けた。
「う、っ…く」
ボロッと零れる涙はどうしようもなかった。
恥ずかしくて屈辱で、それでも火宮が満足するまでは、手を離すことは出来ない。
ふわりとあらぬところに外気を感じ、ジッと見つめられる視線にムズムズした。
「なるほど」
「っ……」
何が「うむ」なんだ。
こんな恥ずかしいところを俺に晒させておいて、このどS。
ぎゃんぎゃんと吐きまくる悪態は、どうにか心の中だけに押し留める。
「固く窄まって、数日間使われた様子はないな」
「っ、たり前です」
あなたが帰って来なかった夜を入れれば、もう1週間近くは抱かれてない。
「腫れも傷もないようだし、潔白は信じてやるか」
「だからそう言って…」
「そっちはどうだ」
「はっ?」
そっちって…。
くいっ、としゃくられた顎は、こんな仕打ちを受けているというのに、うっかり緩く頭をもたげ始めてしまっている前の部分を示していて。
「っーー!」
「どうやら溜まっていそうだがな」
「んなっ…」
「羞恥で感じたのか?どMめが」
「だから、違っ…。俺はMじゃないですっ」
「説得力がないな。ついでに、本当に溜まっているかどうか、出して見せろ」
「はっっ?」
何を言ってるんだ、この人は。
「後ろを使わなくても、前をいたずらされていない保証はないだろう?」
「だからっ、ありませんてば」
「ならば出して見せろ。濃ければ信じてやる」
火宮がずっと帰れていなかったから、溜まっているのは溜まっているはずだ。
その理屈は分かるけれども…。
「こ、公開自慰…?」
そんなの恥ずかし過ぎる。
ぶわっと目に浮かんだ涙を、ギリギリのところに溜め込んで、俺は縋るように火宮を見上げた。
「クッ、可愛い顔をして見せても駄目だ」
「じんっ…」
「可愛く強請ってもな。やれ」
それともやり方を忘れたか?といやらしく笑う火宮は、普段は俺に、自慰を禁じている、意地悪どSだ。
「うっ、く…」
こうなった火宮は、俺が満足させるまで、何をどうしても引く気はないと知っている。知っているから、俺は仕方なく、ノロノロと前のソレに手を伸ばした。
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