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第704話※

カシャン……。 自ら放ったもので汚した手を洗い、ソコも綺麗に拭った俺は、戻って来たリビングで、火宮に足枷を嵌められていた。 「っ…」 左足首だけ。両手も右足も自由だけれど、身体の一部が拘束された感はどうにもたまらないものがある。 くしゃりと俯いた視線の先で、火宮が枷から伸びる鎖をジャラリと鳴らして、その反対側の先端を持って壁の一角へ歩いて行ったのが見えた。 「え?あの…」 ジャラジャラ、ジャラジャラと伸びていった長い鎖の先。かちゃかちゃと何やら音を立てて、火宮が反対側の先を、壁付けのハンガーパイプにがっちりと繋いでしまった。 「っ…」 「ふっ、これでおまえの自由は減ったぞ。まぁそれなりに鎖の長さはあるから、リビングとダイニングを行き来するくらいならば問題はない」 「ん…」 「ただし、トイレや寝室、キッチンや浴室、残念ながら廊下にも玄関にも行けるほどの長さはない」 「っ…」 なるほど、監禁…。 ごくり、と唾を飲み込んだ俺に、火宮がニヤリとした笑みを浮かべた。 「2泊3日、俺もこの家を空けるつもりはないが…。おまえは2泊3日、囚われの身だ。せいぜい連にフラフラとついて行ったことを反省するといい」 ククッと喉を鳴らして意地悪く目を細めた火宮が、するりと俺の首元に手を伸ばし、そこにぐるりと首輪を回した。 「う、あ…」 「きつくはないな?」 「それは、はい…」 別に痛くも苦しくもないけれど、やっぱりどうしたってこれはおちる。 ズズンと重くなった気分を抱えながら、俺は首につけられた輪っかを、そろりと撫でた。 「ククッ、よく似合うぞ」 「嬉しくないです」 「まぁ仕置きだからな。おまえの嫌がることをしなくては意味がない」 「うぅ…」 本当、人を苛めさせたらこの人は、どこまでも上手く相手を追い詰めてみせる。 「ふ、これでこれから俺は監禁者。おまえは、俺の許可なく飲食もトイレも、このリビングダイニングから移動することすらできないというわけだ」 「っ…」 「何をするにも俺に乞い願い、望みを叶えさせてもらえるように頑張るんだな」 「うぅぅ…」 「ククッ、さぞかし楽しい3日間になりそうだ」 こンのどS! うがぁっ、と喚き散らす悪態は心の中だけで、表面上は殊勝に俯いて従う素振りを見せる。 けれども、火宮は、俯いて敢えて顔と目を隠したというのに…。 「ククッ、さっそく、その態度」 「へっ…?」 「バカ火宮、か?それともこのどSが、か?隠したところで空気が語る」 バッチリしっかりオーラを読んでくれてしまったみたいで、ヒュンッとどこから取り出したか、先がヘラになったみたいな短い鞭で空気を割った。 「な…っ」 「クッ、言っておくが、俺は絶対的な支配者で、おまえは立場の弱い被監禁者だぞ?もちろん、本気で怪我や傷を負わせたり、命を脅かしたりするつもりはないが…」 「っ…」 「それなりに、2泊3日、おまえを支配させてもらうつもりではいるからな」 それを考えて立ち振る舞うように、と笑う火宮の、その目が愉悦にキラリと光る。 「あなたの意に添わない態度を取れば…厳しいペナルティも辞さないってことですか?」 「さすがは賢い。真鍋が認めるだけはある」 「っ…う、れしく、ない…です」 こんな物分かりのよさを発揮する頭はいらなかった。 これから3日間、俺のすべてが火宮の支配下に落ちる。 「っ…」 まったく、この人は、俺をストックホルム症候群にでもするつもりか。 本当に、やるとなったら本格的にやり始めるんだから…。 「ククッ、連を頼みの綱にしたこと。とことん悔やませ忘れさせてやる」 「あ、は」 「どっぷり2泊3日。おまえを俺色に染め上げ直してやるからな」 覚悟しろ、と口角を上げる火宮に、ゾクゾクと嬉しくなるのは、俺はいよいよどM化でもしたか。 強烈な独占欲と焼きもちを、全力でぶつけられてドキリと脈打つ心は、その熱烈な愛に震えてだ。 「分かりました」 まぁどうせ無駄なのに。 だって俺は初めから、すべてを火宮に委ねてるし、浸かり切っている。 好意も共感も信頼も、もちろん恋愛感情だって。 元から全力で火宮色の俺が、この2泊3日でさらに火宮色に染まり切ったら…。 その甘美な支配を想像して、俺は俺で、火宮を独占できる2泊3日に、少しだけ喜びを見い出していた。 俺だって、火宮さんと離れていなければならなかったここ数日間を思えば…。 こうして2泊3日も、お仕置きといえども、俺に付きっ切りでいてくれるなんて。 ふふ、と笑いを漏らしてしまった俺は、火宮が仕置きと言い、本格的にどSモードに入ったこの状況で、ただ甘いだけで済むわけがないってことを、すっかり、すっかり失念してしまっていたのだった。 これからの3日間に、どれだけの目に遭うか。すっかり甘く見ていたこのときの俺は、相当馬鹿者だった。

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