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第705話※

「っ…」 その、軽い気持ちを後悔したのは、それからすぐのことだった。 「く、ぅ…っ」 モジッと擦り合わせた足の間では、ふにゃりと縮んだ性器が、ふるふると切なく揺れている。 「ぅ、あぁ…」 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。 何がヤバイって、尿意だ。トイレだ。かなり限界だ。 ひやりと背を伝う冷や汗と、反対に額にはジワリと脂汗が滲む。 くぅっ、と唇を噛み締めて、チラリと火宮の様子を窺ってみたら、俺の状態に気づいているのかいないのか、リビングのテーブルで呑気に書類を眺めていた。 「っ…」 そろり、と動いた身体は、一か八か、トイレのドアに向かって進んでいく。 火宮はそちらまで届くほど鎖の長さはないと言っていたけれど、もしかしたらそれはただの脅しに過ぎないかもしれない。 だって見れば鎖が弛んだ部分はまだあるし、もしかしたらギリギリ届くんじゃ…。 一か八かの賭けに出て、そろり、そろりとトイレのドアの方に向かったら、それにつられてシャラシャラと鎖が鳴った。 「ククッ」 不意に、面白そうな笑い声が聞こえたと思ったら、火宮が愉悦をたっぷり含んだ目で俺を見ていた。 「っ…」 あぁこれは、俺が行きたがっている先を、完全に理解している顔だな。 気づいたんなら、黙って鎖を外してくれるとか……。 するわけないか。 ははっ、と笑ってしまう俺は、悲しいかな、火宮の意地悪な性格をよく知っていた。 「っーー!」 その余裕な態度。 あぁ、多分、っていうか、もう確信だ。 この鎖はやっぱりトイレまでは届かない。 火宮がニヤリと面白そうに眺めているのが、その証拠だ。 くそぉっ…。 それでもと、一縷の望みにかけて、ガッとリビングを横切って足を進めた俺は。 「っ、嘘ぉ…」 ガシャリ、と片足に感じた抵抗感と、後僅かでトイレへ向かうためのドアには届かない指先を見つめて、がっくりとその場にへたり込んだ。 「ククッ、どうした、翼」 ニヤリと口角を上げた火宮が、ゆっくりとソファーの上から立ち上がる。 その足が、パタッ、パタッとスリッパの音を響かせて近づいてくるのが、なんだか地獄へのカウントダウンのように聞こえた。 「意地、悪っ…」 届きそうで届かない。 希望を抱かせておいて、ギリギリのところで木っ端微塵にするこの意地の悪さ。 どうせ計算だ。鎖の長さも、俺に無駄な抵抗をさせて足掻かせてみたことも。 「ククッ、何がだ」 「っ…」 「俺は始めに言ったな?この鎖はリビングとダイニングを行き来するくらいしか届かないと。おまえは飲食もトイレも入浴すらも、俺に乞い求めなくては出来ないのだと」 「うーっ」 言われてたけど。中途半端に長い鎖だから、ちょっとくらいチャレンジしてみてもいいかな、って思ってみたって仕方がないじゃないか。 「ククッ、それで?どうやらトイレに向かっていたようだが?」 「っ…」 気づいているならっ、今俺に少しの猶予もないことくらい分かっているでしょう? ギリギリと間近まで来た火宮を睨み上げたら、クックッと心底愉しそうに喉を鳴らされた。 「クッ、ならばどうして始めから行かせて下さいと乞わなかった」 「っ、それは…」 ぐ、と言葉に詰まってしまう俺は、自分の判断が間違っていたことに気づいている。 だけどやっぱり恥ずかしいし、もしかしたら自力で行けるんじゃないかと考えて…。 ククッと笑っている火宮は、多分俺のそんな思考も丸分かりでとことんまで楽しんでいる。 「ふっ、翼?」 「くっ、ご、めんな、さい…ト、イレ…行かせて、下さ…」 悔しさと屈辱を堪えて、請い願った俺に、火宮の艶やかでサディスティックな笑顔が向いた。 あ、これヤバイやつ…。 ヒクッと唇の端が引き攣ったのと同時に、火宮の口元がゆるりと動く。 「ククッ、今更遅いと思わないか?」 っー!あぁやっぱり。 完全に悪い顔をした火宮に、餌を撒いてしまったのは俺だ。 「っ、っ…」 「ふっ、始めから言っていれば、聞いてやったものをな」 「っ…」 「残念だったな。これはペナルティーだ」 「っ、ペナルティ…」 ニヤリ、と笑う火宮の言葉の先を、もう聞きたくないと思った。 けれどもその唇はあまりに残酷で。 「その枷は外してやらない」 「え、そんなっ」 それじゃぁトイレに行けないっ…。 「ククッ、その通りだ。始めから願わなかったものを、今更、トイレには行かせない」 「そんな…。ごめんなさいっ!もうしません!ちゃんと始めからお願いしますからっ、どうか、お願いっ、火宮さん。刃っ」 もう本当に限界なんだってば。 このままじゃ本当に漏らす。漏れる。 「ククッ、粗相すればいいだろう?」 「嫌だ。嫌です。お願い。お願いします、火宮さん。他の罰ならっ、鞭でもなんでも受けますからっ」 お漏らしだけは…。 すでに意地もへったくれもなく、半泣きで火宮に縋り付いた俺は、出来うる限りの媚を売った。 「痛いことでも苦しいことでもしますから。お願いです、トイレに…」 うぇっ、とついにはしゃくり上げてしまいながら乞った俺を、火宮はそれは壮絶な目をして見下ろした。 「ククッ、なるほど、そこまで言うのなら」 「っ…」 ニヤリ、と笑った火宮が、リビングのキャビネットに歩いて行く。 「苦しいことでも、な?」 艶やかに微笑んだ火宮が振り返り、その手の中には、ギクリとするような怪しい道具があった。 「っーー!」 「安心しろ。中身はローションだ」 ニヤリとした笑顔のまま、火宮がゆっくりと俺の目の前まで戻ってくる。 「それ…」 「あぁ。入れる」 まぁその形状からして、分かっていたけど。 どう考えてもアソコに使うんだろう、注射のポンプみたいな形状のそれに、妖しい色をした液体がたっぷりと。 「っーー!だけど、待って下さい。え?3本?それ、全部?」 思わず目を丸くした俺は、火宮の手元をジッと凝視してしまった。 「ククッ、そこに四つん這いになれ」 「う、っく…」 僅かな身動きも命取りの状況で、中々酷な命令をしてくれる。 しかもそれに従えば、お尻にローションを入れられるらしいと分かっていては、中々動けない。 「ふっ、俺は別に、このままここでおまえが粗相をしても、全く構わないけれどな」 あくまで温情措置で、選択肢を与えてやっているんだと言わんばかりの火宮の言動に、ぐ、と言葉を詰まらせるしかない俺は、完全に弱者だ。 「う、ぁ…これで、いいですか?」 渋々、ノロノロと両手を床につき、膝を踏ん張らせた俺は、後ろの火宮を振り返った。 「ククッ、もう少し尻を突き出せ。今からこれを中に3本注ぐ。その状態で3分我慢出来たら、トイレに行ってもいいぞ」 苦しいだろう?と愉悦に揺れる火宮の言葉に、俺は目の前が真っ暗になるような気がした。 「3分…」 すでに尿意は1分の猶予もないというところに、さらに3分の我慢。しかも、後ろにはローションを注射器3本分も入れられて…。 絶望的だ。 だけどそれに頷かなければ、遅かれ早かれ俺の膀胱は決壊する。 「っ…」 ならば。ならばこれは、もう賭けに出るしかない。 「分かりましたっ。入れて、下さいっ…」 頑張れ俺。大丈夫。耐える。耐えられる。 ぐ、と下唇を噛み締めて、気合いを入れた俺は、クイッとお尻を後ろに突き出した。 「ククッ、いい覚悟だ。せいぜい足掻け」 やけに愉しげな声が聞こえたかと思ったら、ヒヤリとお尻に手が掛かった感触がした。 それからすぐに、ツプッと穴に触れる注射器の先端を感じ、チューッとローションだろう粘ついた液体が、お尻のナカに注ぎ込まれた。 「っ、う、あぁっ…」 ぐぅ、これは思ったよりも辛い。 後ろに注ぎ込まれた液体のせいで、既に限界の膀胱が更に圧迫されるんだ。 これを後2本も。 そして3分も。 なんだかもう保つ気がしない。 けれど諦めたら壮絶な屈辱が待っている。 「う、あ、あ、あ…」 ぐっと尿意に耐え、残りの2本もナカに受け入れた俺の目の前に、コトンとタイマーをセットしたスマホが置かれた。 「う、ぐぁ…」 ピッ、ピッ、と着実に減っていく数字は、耐える標となるけれど。 その何時間にも、何十時間にも感じるカウントの速度はどうにかならないものか。 ぶるぶる震える腕を突っ張り、前も後ろも力を込めて漏れるのを防ぐ。 「う、はっ…」 あぁ、辛い。苦しくて堪らない。 だけど後2分。2分を切った。 じわりと手に滲む汗を握って、俺は目の前で一定のリズムを刻むタイマーの数字が移り変わって行くのを、ギリギリと睨み付けていた。 「っ…」 それにしても、3本に、3分。 連との『3日間』をやけに根に持つな。 3にこだわる火宮の理由はあっさり分かって、思わず笑いそうになった俺の目の前で、ピッ、とようやくタイマーの数字が1分を切った。 ごじゅうよん…ごじゅうさん…。 後40秒…。 「っ、ぅ…」 目前に見えて来たゴールに、俺は最後の気合いを振り絞る。 じゅう、きゅう、はち、なな…。 残り5秒。 俺の我慢と押しまくられる膀胱の勝負の行方は……。

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