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第4話
で、満腹になった後は当然のようにお風呂タイムがやってきた。
「これ大理石?とことん金かかってるなー」
どこのラグジュアリーホテルかと思うような豪華な風呂場に気後れしつつ、今の俺の意識はリッチな内装に奪われている場合ではない。
「やっぱ、あれだよな。ここ、洗うべきなんだよな?」
そろりと手を伸ばした尻の間。
覚悟が決まったわけではないけれど、諦めが大半を占めていて、俺は恐る恐る指を差し入れてみた。
「え!うわ!痛い、怖い、痛い!」
自慢じゃないが、俺は痛いことと怖いことが死ぬほど嫌いだ。
それでよく自殺をする気になったと言われそうだが、あれにどれだけの覚悟と決意が必要だったか、言葉では言い表せない。
「うわー、無理ー」
指先1ミリ入ったか入らないかだけでこんなに痛いのに。
「土下座でもしたら、許してもらえるかな」
やっぱり抱かれるのなんてとても無理だ!と思った俺は、とりあえずソコ以外の身体と頭を洗って湯船に浸かって、早々に風呂を切り上げた。
「うわー、バスローブ。下着なし」
やる気満々だな…。
脱衣所に用意されていたそれを見て、俺の肩はガックリ落ちた。
「あー、えっと、火宮さーん」
仕方なくバスローブを着て、リビングに出た俺は、ソファでゆったりとワイングラスを傾けていた火宮に、クラリと目眩を起こした。
「色っぽ過ぎ」
「ん?上がったか?ちゃんと温まったか?」
振り返って俺を見た目はとても優しい。
だから逆に、状況との落差が半端ない。
「はい、温まりましたが、その…」
「どうした?」
「あの、そのですね、あ、洗えなくて」
羞恥から、カァッと頬が熱くなった。
「洗えない?身体?髪?ボディーソープもシャンプーも切らしてなかったよな?」
え、これなにプレイ?みなまで言えってこと?
「うー、あのですね!俺っ、経験ないんで!」
「は?」
「男はもちろんっ、女の子とだってないんですからね!そこんとこよろしくお願いします!」
あぁ、何ギレかましてるんだろ、俺。
恥ずかしさのあまり早口になる俺を、火宮さんがぽかんと見ていた。
「はー?あー、なるほど。クックック」
呆気に取られていた火宮の顔は、すぐに意地悪く楽しそうに揺れ始めた。
「処女の上に童貞宣言か。それはいい」
「ッ!だっ、だから、や、優しくして下さい!」
馬鹿にするならすればいい。
それで無駄に痛い思いをしなくて済むなら、俺は何だって暴露してやる。
「ククッ。抱いて欲しいのか?」
「は?え?や、嫌に決まってますけど」
抱かれずに済むのなら、そんないいことはないが。
「くっ、はっきり言うな」
「あ、いやその、火宮さんが嫌とかではなく、俺は男で、男に抱かれたくはないですよ。それに俺、痛いのとか怖いの、本当無理なんです」
慌て過ぎて、もう何を言ってるんだかわからなくなってきた。
「まぁ、金を作るために売りをするのが嫌で死のうとしたくらいだしな。というか、飛び降りは痛くて怖くないのか」
「あー、だからもう、あれで一生分の覚悟使い果たしちゃいました」
「ふっ、本当、おまえは面白い」
ゆったりとソファから立ち上がった火宮さんが、俺の間近までやって来た。
「安心しろ。いきなり抱いたりしないから」
「ほぇ?」
「今日はそのつもりはない。いずれな」
妖しく光る瞳にクラクラしてくる。
「で、でもっ、こんなバスローブ…」
しかも中は素っ裸。これで犯るつもりはないって?
「あぁ、服や下着は明日用意してやる。今日は用意がないだけだ」
「あ…」
「まぁ俺のシャツでもよかったが、たぶん体格差から、いわゆる彼シャツ状態になるぞ?その方がいいのか?」
それはそれでそそるがな、と笑う火宮さんは、撒き散らす色気が半端なかった。
「いえ!これで!」
あぁ、首を思い切り振り過ぎて頭がクラクラする。
「くくっ。ほらな。まぁ、今夜はそれで、もう休め」
「はぁ」
「寝室はあのドアだ。疲れただろう?ゆっくり眠るといい」
スマートなエスコートに、場数を踏んだ慣れを感じる。
「あー、ありがとうございます。おやすみなさい」
犯らないっていうんだったら、いつまでもこんな格好で火宮さんの前をウロウロしていたくない。
俺は、ペコリと深く頭を下げて、さっさと寝室と言われた部屋へ飛び込んだ。
「ま、想像通りってね」
途端にドーンと目に飛び込んできたキングサイズのベッドに、もう驚きもせずに、俺はバタンと飛び込んだ。
半分よりさらに端に寄って身を丸め、いつしかウトウトと眠りに落ちた。
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