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第5話
翌朝、目覚めて見回した寝室に、火宮の姿はなかった。
だだっ広いベッドに、俺以外の誰かが寝ていた形跡も体温の名残もない。
「ここで寝なかったのかな?」
もし寝ていたとしたら、俺の眠りは相当深かったことになる。
「自分が怖ッ」
順応性の高さというか、あまりの図太さというか。
色々あり過ぎて疲れていたと言えばそれまでだけど、それにしたっていきなり連れてこられた他人の家で熟睡とか、警戒心がなさ過ぎだ。
「って、警戒することないのか」
何せ死ぬ予定だったんだ。
それ以上の危機も危険も、もう俺にあるわけがない。
「ふっぁぁ」
天井に向かって突き上げた両手を下ろし、まだ間取りに慣れないドアまで歩いてリビングに出た。
「おはようございます」
「どわっ…」
そこに人がいることをわずかも予想していなかった自分に乾杯だ。
両親が死んで以来聞くことのなかった朝の挨拶に、ぴょんと跳ね上がった身体が情けない。
違和感マックス…。
いつの間にか独りに慣れていたことを気付かされ、朝からテンションがだだ下がった。
「いや、いいんだけどね。色々今更だし」
「翼さん?」
「あ、いえ。えーと、おはようゴザイマス。真鍋…さん?」
ローテーブルの上に書類やファイルが広がっているってことは、ここで仕事でもしていたのか。
ノートパソコンの画面をパタンと倒した真鍋が、足元から紙袋を持ち上げ、ソファから立ち上がった。
「どうぞ」
ん?何これ?
突き出された紙袋を反射的に受け取って、中身を覗く。
「え?あ、わぁっ!」
入っていたのは、服。新品の洋服から下着まで一式。
っていうことはつまり、今俺は…。
微妙にはだけたバスローブ姿なのを思い出して、全速力で寝室に逆戻りしていた。
「あー、びっくりした。っていうか、なんであの人、あんなに冷静?それと火宮さんは?」
人がいるならいるで、この家の住人、火宮がいるべきだと思うのに。
何故かいたのは真鍋が1人だ。
「わけわからん」
右腕で、幹部だとは言っていたけど…。
肩につくほど首を傾げながらも、考えたところで答えの出ない疑問を放棄して、俺は紙袋の中身を広げた。
「うわー、ぴったり」
サイズはもちろんのこと、センスも好みも外していないこれらは、誰が選んだのか。
「しかもさりげにブランドだし」
Tシャツ1枚取っても、諭吉さんが旅立っていく姿が見えるような服たち。
恐縮しながらそれらを身につけ、俺は再びリビングに出て行った。
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