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第7話
「ええと、ゴホン。それでは、確認事項は以上です。何かご質問はありますか?」
「うーん」
「ないようでしたら、私はこれで」
真鍋は広げた書類を手早く集め、パソコンを鞄に詰めていく。
「え?俺は1人になるんですか?」
「社長がお帰りになるまで、そうなります」
「いいんですか?1人で残して」
自分で言うのもなんだが、いまいち素性の知れない人間を、自宅に1人放置してもいいものか。不用心過ぎやしないか。
「それは、1人になった途端に家探しして、金目の物を持ち出して逃げるという宣言でしょうか」
だから、その淡々とした口調と、無表情が逆に怖いんだって。
「いえ。しませんけど」
「ならば心配無用でしょう。まぁ、なさりたければお好きにどうぞ」
「へっ?」
「会長を侮辱し、不利益を被らせるような真似をした者を、我々は決して許しませんので」
相変わらず無表情で、口調にもなんの変化もないのに、真鍋の纏う空気が凍てつくような冷気に変わった。
「っ…」
真鍋が敢えて『会長』と呼び変えた理由もわかる。
「どこへ逃げ隠れしても無駄です。そして見つけ出した暁には…」
意味深にそこで言葉を切った真鍋は、さすがにヤクザの幹部というだけはあった。
決して声を荒げたり手出しをしてきたりしているわけではないのに、こちらに与える恐怖感と威圧感が半端じゃない。
死んだ方がマシと思う目に遭わされる、とか、拷問の上で殺される、とか?
はっきり言われない方が、その先の怖い想像に際限がない。
「し、しませんよっ?火宮さんが帰るまで、大人しく過ごします!」
「私は何も申しておりません」
艶やかな笑顔だった。
けれどもそれは、感情の一切乗らない、体温のない完全な作り物だった。
「翼さんが社長のご意向に沿っている限り、私は敵ではありませんので」
「う、はい」
「では、他に何もなければ、これで失礼させていただきます」
瞬間的に消えた冷気と、無表情に戻った真鍋の顔。
リビングのドアから消えていくその姿を、ぼんやりと見送る。
パタン、と静かにドアが閉じてしまえば、室内に残ったのは、俺の小さな呼吸音だけだった。
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