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第8話

「えーと…」 1人になり、ふと目を向けたダイニングテーブルの上に、モーニングセットが整っているのが見えた。 トーストにオムレツ、サラダにフルーツヨーグルト。カップにはティーパックとインスタントコーヒーのパックが添えられていて、好きな方を自分で淹れろということか。 「食べていいんだよな?」 朝食にはかなり遅い時間で、パンはすっかり冷め切っていたが、俺はありがたくそれらを平らげた。 「さてと」 連れてこられてから、まだ24時間も経っていない、馴染みのない室内。 完全に他人のテリトリーで、することもできることも思いつかない。 「んー」 勝手にテレビをつけるのも気が引けるし、もらったスマホは、定額サービスかどうか聞き忘れた。 やたらと遊びに使って、莫大な通信料を請求されたら怒られそうだ。 「暇だ…」 リビングのソファに転がって、見慣れない天井を眺める。 久しぶりに、借金取りから逃げまわらずにいられる時間。 お腹もいっぱいだし、快適で安全な空間。 「昨日までは、想像もしていなかった」 ただもう、生きていくのを諦めていた。 返すあてのない多額の借金、バイトをしてもしても、利子すら返済できない状態で。 この身を売れと言われて逃げ出した。 両親は俺に逃げ伸びろと言って、自分たちだけさっさと遠いところにいってしまった。 俺を売るような真似をするくらいなら、一緒に連れて行ってくれれば良かったのに。 残された俺は、捕まったら最後、抱かれ壊れるまで客を取らされ、最期はそういう趣味の人間に、ブラックマーケットで身体を切り売りされ、さらには臓器まで全てを金にされ、廃棄されていくのがオチだ。 そんな壮絶な生と、凄惨な死を迎えるくらいならば。 いっそ今、自ら死のうと。 多大なる覚悟を決めて侵入したビルだった。 「火宮、刃…」 何を思って俺なんかを拾ったのか。 ヤクザにしておくのがもったいないような美貌を思い浮かべる。 「ここは天国か地獄か」 火宮は天使か死神か。 どう転んでも悔いはない。 あの美貌の男の誘いに頷いてしまった瞬間に、俺の運命はもう決まっていた。

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