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第9話

そうしてつらつらと考え事をしたまま、いつの間にか転寝をしていたようで。 「昼食、置いておきます」 え?誰?夢? 不意に遠慮がちな声が聞こえ、意識が緩やかに浮上した。 「んー?」 ぼんやりと開いた目に、知らない人の顔が映った。 「わ!え?誰っ?」 「あ、すんません。真鍋幹部に言われて、昼メシ届けに来たっす」 「はぁ」 「自分、蒼羽会のモンっす。浜崎(はまさき)って言います」 いわゆる構成員ってやつか。 火宮や真鍋に比べて明らかに若い青年だ。まだ10代だろうか、俺とあまり年が変わらないように見える。 「昼メシ置いたんで。好きなときに食ってください」 浜崎の視線につられて見たダイニングテーブルの上には、四角い箱が1つ乗っていた。 「あ、どうも。ありがとうございます」 「え!」 「え?」 何をいきなり驚いた顔をして、飛び退るんだ。こっちがびっくりする。 「いえ。あの、おたく、会長の愛人っすよね?」 「はぁ、まぁ」 「それがオレなんかに敬語使ったり頭下げたり…驚くこと、やめてください」 え、なんで?愛人ごときが、生意気ってこと? 「会長の新しい愛人が男って聞いて、どんな狡猾な高慢野郎がいるかと思ったんすけど、おたくはなんか違うっすね」 にかっと笑った浜崎の顔は、さらに幼く、取っつきやすく見えた。 「伏野翼です」 「え?」 「名前、伏野翼って言います。多分同じか、俺のが年下だと思うんで」 「はぁ。オレは19ですけど」 ありゃ。3つも上だったか。 「俺、今年で17です。だから俺は敬語で当たり前なんで。むしろ浜崎さんはタメ口で構わないですよ」 「やややや!かっ、会長の囲ってる方にタメ口とか!恐れ多いっす!」 ひれ伏しそうな勢いで後退っている浜崎がおかしい。 ヤクザの上下関係はよくわからないが、大袈裟過ぎるだろう。 俺はただの火宮の所有物でしかないのに。 「と、とにかくですね、伏野さんがオレに敬語とか使う必要はないんで。やめてください」 「でも…」 「そういうもんなんで!オレ、失礼しますっ!」 ドッタン、バッタンと慌てふためいて部屋を飛び出して行く浜崎の行動の意味がわからない。 「なんなんだ?」 急に静まり返ってしまったように感じる室内。 首を傾げつつも、意識は置いていかれたテーブルの上の箱に向く。 「何かな?」 他に楽しみもなく、手を伸ばした箱の中身は、色鮮やかな松花堂弁当だった。 「うわ、美味しそう」 鰻の蒲焼き、茄子田楽、有頭エビにトロにホタテの刺身、天ぷらにメロンにお吸い物。艶めく白米。 「どう見てもやっぱり高級だ」 たかが昼ごはんにもったいない、と思いながらも、色々な食材が少しずつ楽しめる仕様の弁当に、心は浮き立つ。 「見事に苦手が入ってないのがすごい」 嫌いなものを全部は伝えていないのに、どう避けたか、目の前の弁当には食べられるものしかない。 「遠慮なくいっただっきまーす」 これでも成長期16歳男子。 激貧生活でろくなものを食べていなかった身体が、まともどころか高質な料理を前に涎を流す。 「うま!んまぁーい!」 腹が膨れて、美味しくて、涙が出てくる。 「美味い…っ」 いちいち噛み締めてしまう、生きてるっていう現実。 「バカ火宮…」 もう死ねない。 死にたくない。 与えられてしまった生に、しがみついてしまう自分を痛感する。 「ばか火宮ぁーっ!」 感謝なんかしない。 生きることの辛さは知っている。 なのに今は。 生きたい。 頬を濡らす涙は、喜びからか、悔しさからか。 せっかくの料理が、微妙に全部塩味になった。

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