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第19話
「それより、翼」
「はい」
「シャワーを浴びるか?それとも朝食にするか?」
のんびりと問われ、ハタと現状に気がついた。
見れば、スラックスにお洒落なワイシャツ姿のしっかりした格好の火宮。
上着とネクタイこそないものの、きっちりと服を着込んでいる。
それに対して俺は、掛け布団で隠してはいるが、ベッドの上に素っ裸のまま。
「えっと…」
「一応拭いてはあるが、シャワーでさっぱりしたければ、浴びてくればいい」
「あっ、ありがとうございます」
そういえば、そんな後始末までしてくれていたんだった。
申し訳なさと感謝に下げた頭が、ふと違う方にも向かう。
「あの、服…」
見回す限り、俺が着ていた服は見当たらない。
泊まりと思わなかったから、新しい服の用意もない。
「昨日のスーツはクリーニングに出した。今日着る服は用意してある」
「えーと、どこに…」
「シャワーを使うなら、風呂場に持っていっておいてやる」
いや、それはありがたいんだけど。
「そこまでどうやって行けば…」
モジモジと困惑していたら、火宮の激しく呆れた目が向いた。
「そのまま歩いて行けばいいだろう?バスルームは向こうだ」
心底変なものを見る目をやめて欲しい。
だって俺、全裸なのに。
それでリビングを横切って、さらにその向こうのバスルームまで行けって、普通戸惑うと思う。
「このまま…?」
「ん?なんだ、恥ずかしいのか?おまえの身体なら、昨日隅々まで見た。今更だ」
だから!そういうデリカシーのないことを、綺麗な顔でサラッと言わないで欲しい。
「ほんとっ、Sッ!」
カァッと頬を熱くする俺も、どうせ面白くてたまらないんだろう。
火宮は愉悦を含んだ笑みを隠しもしていない。
「この程度で狼狽えていたら、到底俺にはついて来れないぞ」
「っー!」
「ほら、シャワーを浴びるなら、早く行って来い」
言うが早いか、バサッと捲られてしまった上掛けが、そのまま床に捨てられてしまう。
「やっ…」
服を整えた火宮の前に、裸を晒す羽目になった俺は、恥ずかしくて居た堪れなくて、火宮の視線から逃げるように小さく身を縮めた。
「羞恥に震えるその姿もいいな」
そそる、と笑う火宮は、本当に意地悪だ。
「ッ、風呂!風呂、行って来ますっ」
火宮の視線から逃げるように、俺は慌ててベッドから滑り下り、ドアに走ろうとした。
「ウッ…」
「大丈夫か?無理するなよ」
「だ、大丈夫、です。離して…」
腰が痛い。足がフラつく。
「ククッ。意外と負けず嫌いか?調教し甲斐があることで」
「ッ、調教って…」
「こう恥ずかしがるなら、家では全裸で過ごさせるのもいいな」
妖しい光が、火宮の瞳にゆらりと浮かぶ。
「ッー!ヘンタイッ!」
やばい、思わずなんてことを…。
うっかり口走ってしまった言葉に気付いて、冷や汗がドッと出た。
怒らせたか、と恐々窺った火宮の顔は、それはそれは楽しそうに緩んでいた。
「この俺に面と向かって変態か。本当、おまえの度胸には感服するよ」
「うっ…すみません…」
「そうだな。だが度を超えるなよ?あまり無礼な物言いが過ぎるようなら…」
ゴクリ。だからそうやって、思わせぶりなところで発言を切るところがSだって言うんだ。
今の今で、それを口にはできないけれど。
「火宮、さん…?」
「ふっ。あまりに度が過ぎた無礼な発言には、お仕置きだな」
「ッ…」
お仕置きって…。
何をされるんだかさっぱりわからないけれど、なんだか怖い響きしかないそれに怯んだ俺は、ブンブンと首を振って、急いで寝室を飛び出した。
「ククッ。飽きないな」
重たい身体を引きずって、なんとかバスルームに向かっていた俺は、寝室に落ちた火宮の呟きを知らない。
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