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第24話

火宮が次に向かったのは、いわゆるデパ地下の食品売り場だった。 「ふぅん」 買い物かご片手に、物珍しそうに周囲を見回している火宮は、本人だけが今の状況を理解していない。 「ちょっ、ちょっ、火宮さんっ!」 「なんだ」 「なんだじゃなくってですねっ!とっ、とりあえず!それ!貸してくださいっ」 かご、と突き出した手に、火宮の怪訝な目が向いた。 「何故」 「なぜじゃないですよぉー。それ、俺が持ちますからっ」 なんなんだ、この男。 本気で気づいていないのか。 目眩すらしてくる状況に、俺はひったくる勢いで火宮の手からかごを奪い取った。 だってさすがに俺だって気づいてしまう。 あの、火宮にかごを持たせた時点で殺気立って俺に圧力をかけてきた後ろのスーツの男の人たち。あれが火宮の言う護衛なんだろうって。 俺、視線だけで殺されかねない勢いなんだけど。 「もうっ!」 ついでに俺に集中していた、周囲の奥様方の責めるような視線。 イケメンにそんなもの持たせるんじゃないわよって。 あんた荷物持ちなんでしょって。 目がバリバリに語っていた。 「ハァッ」 俺がかごを持った瞬間、空気に溶けるように消えた護衛の気配にホッとする。 ついでに、満足そうに周囲の奥様方の視線も外れていった。 まぁ、似合わないもんな。 セレブなイケメンの買い物かご姿とか、寒気がするっての。 「まったく。自覚なしかよ…って、何してくれてんです?」 気づけば、手にしたかごが重さを増していた。 「にんじん、きゅうり、ブロッコリーにアスパラ…」 何料理を目指してのチョイスかはさっぱりわからない。 だけど、何故火宮がこれらを勝手にかごに入れていたかは、その意地悪く吊り上がった唇の端を見れば明らかだった。 「本当、どSですよね」 「くくっ」 「火宮さんはないんですか?嫌いなもの」 「ないな」 かごに入った野菜をサクサク返しながら、火宮を振り返る。 「本当に?1つも?」 「あぁ」 まぁ、あっても言わないか。 「なんだその顔は。信じてないな?」 「あー、まぁ。じゃぁ、俺が作る料理に苦手があっても、言わないんなら知りませんよ?」 少しは困れ、と思って言ったのに、火宮は余裕で微笑んだだけだった。 「だからないと言っているだろうが。で、今夜は何を作ってくれるんだ?」 そうだった。問題はそっちだ。 火宮の意地悪に構っている場合ではなく、火宮も食べる、今夜のメニューをどうするべきか。 「何か食べたいものは」 「そうだな…じゃぁカレーにしろ」 「えっ?カレー?」 まぁ、簡単だし、失敗もしづらいけど。 またやけに似合わないチョイスだな、と思う。 「出来ないのか?」 「いえ、できますけど」 「じゃぁ決まりだ」 メニューが決定した途端、かごの中ににんじんがドサドサと増やされた。

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