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第27話
結局、2杯目も綺麗に完食してくれた火宮。
最後まで美味しいの一言はもらえなかったが、淡く頬に浮かんだ笑みが、言葉以上の答えをくれたような気がする。
「ごちそうさん」
「あ、はい」
「翼。明日から、時間が合う時は連絡する」
「えーと?」
いきなり言われた言葉の意味がわからない。
「夕食に間に合うように帰れるときは、連絡をする」
「はぁ…」
「俺の分も作れと言っている」
「へっ?」
それはつまり、そういうこと?
「なんだ。嫌か?」
「いえ!だけど…」
これは自惚れていいんだろうか。
俺の料理は美味しかったって、また食べたいって思ってくれたって考えていいんだろうか。
「フッ。なんだ?」
楽しげに、意地悪く揺れた火宮の瞳が、すうっと細められた。
「っ、それって…」
「クックッ。言わせたいのか?」
妖しく光る双眸が、愉悦を隠しもせずに俺を見る。
「ッ…」
頷くのは癪で、だけど期待は馬鹿みたいに高まる。
「翼?」
「っー!別に」
「くくっ、意地っ張り」
最高に楽しそうな火宮の笑い声が響く。
悔しい。
「意地悪っ」
ツンとそっぽを向いてやったら、楽しそうな雰囲気を纏ったまま、火宮が立ち上がった気配がした。
「翼」
すぐ側に火宮が近づいてきたのか、背けた顔に影が差す。
肩にポンと手を置かれ、身体がぎくりと強張った。
「ッ…」
暴言だと、咎めに来たのだろうか。
ドキドキと、心臓がうるさく音を立てる。
「っ、ぁ…」
スッと火宮の顔が、吐息がかかるほど間近に寄せられた。
「ッ、ごめ…」
「美味かった」
エッ?!
一瞬の囁きを吹き込まれた耳を咄嗟に押さえて振り返る。
すでに火宮は俺から遠ざかり、妖艶に微笑みながらこちらを見ている。
「っーー!」
その確信的な微笑みに、ボッと顔が熱くなった。
「クックックッ」
「なっ、なっ…」
狡い。意地悪。このどSッ!
いくつも文句が頭に浮かぶのに、1つとして声になるものはない。
「片付けが済んだら、さっさと風呂に入って来いよ」
じゃぁな、なんてさらりと書斎らしい自室に消えていく後ろ姿が憎らしい。
なんだそれ。ずる過ぎる。悔しい。
怒られると思って緊張した瞬間に、あんな不意打ち、反則だ。
反則で、認めるのなんて、絶対に嫌だと思うのに。
「くっそ!嬉しいじゃんか…」
どうしようもなく緩んでしまう顔を自覚する。
今鏡を見たら、それこそだらしなくヘラヘラしている顔が映るだろう。
「バカ火宮ーっ!」
期待したときにはくれなくて、諦めた瞬間に与えてくるとか、どんなタイミングだ。
しかもそれを狙ってやっている辺り、火宮の性格の悪さが窺える。
「本当、どSッ!」
いちいち惑い、翻弄される俺はさぞかし面白いことだろう。
「悔しい。でも嬉しい」
バカ火宮、バカ火宮、と何度も呪いのように呟きながら、俺は綺麗に平らげられたカレーの皿を、シンクに運んで行った。
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