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第30話
「はよっす」
なにやら50センチ四方くらいの重そうなダンボール箱を抱えて入ってきたのは、確か浜崎といったか。
「あ。おはようございます」
「あー、伏野さん、これ、お届け物っすけど」
ドサッとダイニングテーブルの上に置かれた箱は一体何なのか。
「炊飯器みたいっすよ」
「へっ?うわ。もう届いたんだ。あ、昨日はありがとうございました」
炊飯器と聞いて、昨夜炊いたご飯を持ってきてもらったことを思い出した。
「いえ。会長のご命令っすから」
「そうですけど、でも美味しかったです」
本当に、素人の俺にもわかる絶妙な炊き加減だった。
「あっ、そのっ、それ、会長もちゃんと食べて下さいましたかっ?」
「え?火宮さん?もちろん。おかわりまでしてましたよー」
教えた途端、浜崎の顔がパァッと輝いた。
「よかったっす!それにしても伏野さん、すごいっすね」
「え?何が?」
「だってあの会長に手料理とか。しかもカレーって。それを会長、食べるんでしょ?すごい」
目を輝かせて見つめてくる浜崎の、繰り返される『すごい』の意味がわからない。
「すごいって…そもそもカレーを作れって言ったのが火宮さんだし…」
それで食べなきゃ、それこそどんな嫌がらせだ。
「いや、そこっすよ。そもそも会長が手料理をリクエストするのなんて、伏野さんにだけです」
「はぁ」
「それにこんな風に自宅に住まわせたのだって、伏野さんが初めてっすよ?」
それは、どう反応したらいいのだろう。
「今まで数いた愛人たちはみんな、別にマンションを買い与えたりホテルで済ませたりって、決して自宅には踏み入れさせなかったのに。伏野さんがいかに特別かって話ですよね!」
「へ?」
「オレもこうしてお側仕えするの、張り合いがあります」
なんか、すごい気合い入っているみたいだけど、大変申し訳ない気がする。
「俺はそういうんじゃないですよ…」
だって俺は、ただの火宮の所有物。
気まぐれに拾われた火宮の持ち物の1つでしかない。
「何言ってるんすか!だってここに入れてるんですよっ?会長の自宅っすよ?ご自分のテリトリー内に囲い入れるなんて、よっぽど寵愛してるって、オレらの間じゃ、もっぱらの噂です」
「寵愛って…。あはは。なら、浜崎さんだって、真鍋さんだって入ってるじゃないですか」
大袈裟過ぎる。
俺と火宮の間には、愛なんて存在していない。
あるのは金と契約。それだけの関係だ。
「真鍋幹部はっ、違う意味で特別っすから。オレは都合上、静脈登録させてもらってるだけで…」
「都合?」
「荷物とか宅配とか、直にここには届かないようになってるんですよ。一旦下のうちで預かって、安全が確認できるものだけこちらに運ぶんで、そんときとか必要だし。ハウスキーパーさん案内するとかも」
なるほど。忘れがちだけど、火宮はヤクザの頭だった。
「だからやっぱり伏野さん、愛されてますねー」
「いやいやいや…」
「隠さなくてもいいっすよ。オレ、会長が選んだ相手なら、男でも年下でも、間違いないって思ってるっす」
うわー、この人、火宮信者か。
「じゃなくって、俺は本当に…」
火宮に愛されているわけではなく、金と生活の保障の代わりに持てる全てを明け渡しているだけだ。
でも、自分でもわけがわからなく飼ってもらっているこの関係を、この浜崎に上手く説明出来る気もしなくて、俺は説得を諦めた。
「オレ、応援してますっ」
「はぁ」
「あっ、で、真鍋幹部から言われたんっすけど、食材とか欲しいもの聞いて買ってこいって」
「えっと?」
「内線の使い方も教えますね、こっちです。いつでも買い物とかあったら、これで言いつけて下さい」
リビングの隅に連れて行かれ、壁についている電話機の操作法を教わった。
下の階の、浜崎たちの部屋と連絡が取れるらしい。
「色々すみません」
「だからっ、頭下げるとかっ、やめて下さいって…」
「でも俺は…」
「ほっ、ほら、欲しいもの!なんかないっすか?買ってきますよ!」
さっと取り出したスマートフォンに、メモを取るつもりか。
いきなり聞かれても、すぐには思いつきそうにない。
「昼の分は昨日買っておいたし…夜かぁ。今日は火宮さん、夕食までに帰るのかなぁ?」
連絡するとは言っていたが、いつその連絡が入るかはわからない。
「ねぇ浜崎さん。火宮さんの好物とか知ってます?」
「えっ?いえ。むしろ知りたいっす!」
「そうかぁ」
「伏野さんなら、会長に直接聞けば…」
目を輝かせてこっちを見てくる浜崎から、それを聞いたらぜひ教えてくれ、という期待に満ちた思いが伝わってくる。
「でも聞いて、あまり難しい料理の名前が上がったらやですね」
あは、と笑ってしまう俺は、そこまで料理の腕もレパートリーもない。
「そしたら、オレ、教えましょうか?」
「え?」
「一応、調理師目指して勉強中っすよ」
あ、火宮さんが言ってたのって、浜崎さんだったんだ。
「すごい。ぜひ」
「利害一致っすね」
ニカッと嬉しそうに笑う浜崎は、とっつきやすくて好きになれそうだった。
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