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第31話

昼過ぎ、真鍋から入った連絡は、火宮は今夜は遅くなるというもので、1人気楽な夕食にホッとした。 早速使わせてもらった炊飯器は、やっぱりというか、軽く10万は超える高級炊飯器で、火宮が選んだ高級ブランド米を炊いたら、もうびっくりするくらい美味しかった。 「俺、こんなに舌を肥えさせていいわけ?」 火宮に経済力があるのはわかるけど、どんどん驕っていきそうで怖い。 普通でいいんだ。ごく普通に飢えることなく食べられたら。 1度どん底を知っている俺は、金が永遠にあるものだとは思っていない。 お金の大切さは、痛いほどよく知っている。 「こんな贅沢してたら、いつか破産するんじゃ…」 「誰が破産するって?」 「え?うわっ!ひっ、火宮さんっ?!」 いきなり間近で聞こえた声に、心臓が飛び出すかと思った。 「誰と話しているかと思えば、独り言か」 「あはっ。火宮さんは、早かったですね。おかえりなさい」 「あぁ」 「ゆ、夕食は?」 遅いと言われたから、9時10時過ぎを想像していたら、まだ8時ちょっと過ぎだ。 「取り引き先との会食だったからな。済ませてきた。思ったよりもすんなり商談がまとまったから、さっと切り上げて帰ってきたのさ」 これまた上質そうなコートを脱ぎ、クイッとネクタイを緩めている姿は、出来るビジネスマンの仕事帰りそのものだ。 格好いい…。 さすが顔がいいだけあって、思わず見惚れる大人の魅力に溢れている。 「おまえは…餃子か」 すでに片付け終わっているのに、よくわかったな。 「あ、においます?」 ニンニクかなり使ったからなー。 「大分な。色気のないことで」 クッ、と喉の奥を鳴らして笑われ、ハッと気づいた。 そうか。抱かれるかもしれないこととか、キスするかもしれないことを考えたら、かなり配慮が足りなかったかもしれない。 「す、すみません…」 怒った?と思って見た火宮の顔は、薄く笑みを浮かべていて、どちらかというと面白がっている表情に見えた。 「火宮さん?」 「フッ。だからおまえは飽きない」 「へ?」 「大抵のやつは、俺に向かって必死で媚びを売ったり、疲れるほどの気遣いを見せるものなんだがな」 「はぁ」 「おまえは、俺に媚びもしなきゃ、気遣いもしない」 「う…それは」 「夜は勝手に寝てるわ、人にベッドまで運ばせるわ、朝は起きずに見送りもしない。挙句、帰って来れば部屋中ニンニク臭でお出迎えときた。最高だ」 ハハッと笑い声を漏らしている火宮だけれど、その内容は、皮肉にしか聞こえない。 「す、すみません。以後気をつけます」 「いや。別に咎めているわけじゃない。気にせず好きなようにしてろ。まぁ多少躾けは必要なようだがな」 クックッと笑っている火宮の機嫌は、悪いようではなかった。 「ひとまず換気はしろ。ついでにロックグラスと氷を用意しておいてくれ。着替えてくる」 チラッとキッチンの方に目をやった火宮は、そのまま自室に消えていった。

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