31 / 719
第31話
昼過ぎ、真鍋から入った連絡は、火宮は今夜は遅くなるというもので、1人気楽な夕食にホッとした。
早速使わせてもらった炊飯器は、やっぱりというか、軽く10万は超える高級炊飯器で、火宮が選んだ高級ブランド米を炊いたら、もうびっくりするくらい美味しかった。
「俺、こんなに舌を肥えさせていいわけ?」
火宮に経済力があるのはわかるけど、どんどん驕っていきそうで怖い。
普通でいいんだ。ごく普通に飢えることなく食べられたら。
1度どん底を知っている俺は、金が永遠にあるものだとは思っていない。
お金の大切さは、痛いほどよく知っている。
「こんな贅沢してたら、いつか破産するんじゃ…」
「誰が破産するって?」
「え?うわっ!ひっ、火宮さんっ?!」
いきなり間近で聞こえた声に、心臓が飛び出すかと思った。
「誰と話しているかと思えば、独り言か」
「あはっ。火宮さんは、早かったですね。おかえりなさい」
「あぁ」
「ゆ、夕食は?」
遅いと言われたから、9時10時過ぎを想像していたら、まだ8時ちょっと過ぎだ。
「取り引き先との会食だったからな。済ませてきた。思ったよりもすんなり商談がまとまったから、さっと切り上げて帰ってきたのさ」
これまた上質そうなコートを脱ぎ、クイッとネクタイを緩めている姿は、出来るビジネスマンの仕事帰りそのものだ。
格好いい…。
さすが顔がいいだけあって、思わず見惚れる大人の魅力に溢れている。
「おまえは…餃子か」
すでに片付け終わっているのに、よくわかったな。
「あ、においます?」
ニンニクかなり使ったからなー。
「大分な。色気のないことで」
クッ、と喉の奥を鳴らして笑われ、ハッと気づいた。
そうか。抱かれるかもしれないこととか、キスするかもしれないことを考えたら、かなり配慮が足りなかったかもしれない。
「す、すみません…」
怒った?と思って見た火宮の顔は、薄く笑みを浮かべていて、どちらかというと面白がっている表情に見えた。
「火宮さん?」
「フッ。だからおまえは飽きない」
「へ?」
「大抵のやつは、俺に向かって必死で媚びを売ったり、疲れるほどの気遣いを見せるものなんだがな」
「はぁ」
「おまえは、俺に媚びもしなきゃ、気遣いもしない」
「う…それは」
「夜は勝手に寝てるわ、人にベッドまで運ばせるわ、朝は起きずに見送りもしない。挙句、帰って来れば部屋中ニンニク臭でお出迎えときた。最高だ」
ハハッと笑い声を漏らしている火宮だけれど、その内容は、皮肉にしか聞こえない。
「す、すみません。以後気をつけます」
「いや。別に咎めているわけじゃない。気にせず好きなようにしてろ。まぁ多少躾けは必要なようだがな」
クックッと笑っている火宮の機嫌は、悪いようではなかった。
「ひとまず換気はしろ。ついでにロックグラスと氷を用意しておいてくれ。着替えてくる」
チラッとキッチンの方に目をやった火宮は、そのまま自室に消えていった。
ともだちにシェアしよう!