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第33話
「ところで翼。おまえ、昼間は何をしているんだ?」
「へっ?」
カラン、と火宮の手の中のグラスが鳴って、俺はハッと意識を持ち直した。
「あー、えーと…」
何と言われると、特に何もしていない。
「暇か」
「うー、まぁ。今日の夕食何にしようかなー、とか考えながら…暇してますね」
「そうか」
「あっ、でも今日は、浜崎さんに、餃子の美味しい作り方とか教わりましたよ!」
買い物をしてきてもらったついでに、隠し味とか上手な焼き方を聞いたのだ。
早速試したそれで作った餃子は美味しかった。
「浜崎?」
「はい。調理師目指してるのって、浜崎さんだったんですねー」
「あぁ、よく使いに出すやつがそんな名前だったか。話したのか」
カラン、カランとグラスの氷が鳴る。
「え?はい、そりゃ。食材届けに来てくれる人だし、あっ、炊飯器も持ってきてくれました。昨日だってご飯届けてくれましたよね?」
下に住んでる使いっ走りと言っていたのは火宮なのに、名前や人物を把握していないのだろうか。
「事務的な話以外にも、調理師だとか餃子の作り方だとかの話もしたわけか」
「え、まぁ」
なんかマズかったのかな?
「随分と懐いたようだな。気に入ったのか?」
「えっ?」
「浜崎だ」
「えーと?まぁ、年も近いし、話しやすいなー、と」
あれ?なんだろう。
火宮の周囲の空気が、わずかに温度を下げたような気がする。
「ふぅん」
コト、とテーブルに置かれたグラスの中で、カランと氷が動いた。
火宮の目が妖しく光り、薄く細められて俺を見る。
「翼。立て」
ゾクリ。
痺れるような色香を纏った火宮の低い声に、背筋を悪寒が走った。
それは逆らうことの出来ない声色への、本能的な恐怖か。
ふらりと従った俺に向けられるのは、唇の端を妖しく吊り上げた火宮のサディスティックな笑み。
「脱げ」
え…?
端的な命令を、脳が一瞬拒絶した。
「ッ、あの…」
「聞こえなかったか?俺は、脱げ、と言った」
同じ命令を繰り返され、ようやく頭が受け付ける。
だけど、風呂でもないこんな明るいリビングで、一体どういうことなのか。
「翼」
「ッーー!」
ただ、名前を呼ばれただけなのに。
急かされるように、躊躇したことを咎められるように聞こえたそれに、俺の手は自然と自らの服にかかる。
震えてもつれる手を必死に動かし、上に着ていたパーカーのチャックを下ろし、中に着ていたシャツのボタンを外していく。
スルリと腕から滑り落とした上半身の衣服。
そっと窺った火宮の目が眇められ、下半身に纏うものに向けられる。
「ッ…」
視線に促され、震える指先でズボンのボタンを外し、チャックを下ろす。
露わになった下着を、取り去る勇気がなかなか出ない。
「っ…」
「最後だ、翼。脱げ」
3度目の、同じ命令。
最後通牒だということは、これに従わなければどうなるか。言葉にされなくてもわかる気がする。
「ッーー!」
覚悟を決めて、思い切って下着を引き下ろす。
足首からそっと抜き去ったそれを、ポトリと足元に落とした。
明るいリビングの中、服をかっちり着込んだ火宮の前に裸を晒している。
カァァッと熱くなる頬を感じるのと同時に、視界がジワリと滲んでぼやけた。
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