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第39話

「ふぅ、さっぱりした…ぬぁ?!」 シャワーを済ませて出てきたリビングで、いきなり電子音が鳴り響いた。 「あ、スマホ」 真鍋にもらったままの、1番オーソドックスな単調な着信音が鳴っている。 取り上げたスマホのディスプレイには『火宮』の文字。 「はい、もしもし?」 『俺だ』 わー、電話越しでもいい声。 っていうか、その出方、一時期流行った詐欺ですか。 『翼?俺だ、火宮だ』 そうそう。ディスプレイに表示されてても、名乗るのが礼儀でしょ。 って、心で思っても、賢明にも口には出さない。 学習能力発揮だ。 『おい』 「っあー、はい。おはようございます」 『……』 「火宮さん?」 あれ?なんかやな感じの無言。 『はぁ。一体何を考えていたのかわかるけどな』 呆れた溜息から、なんだか見通されている気がする。 それはヤバイ。 「いやっ、その、いい声だなーって聞き惚れちゃっただけでっ」 『ほぉ。媚びることを覚えたか』 「媚びっていうか、半分本気ですよ!」 あ。言ってから気づいた。 口、また滑った。 『プッ……『社長っ?!』…』 あれ?真鍋さんの声だ。なんか慌ててるけど。 きっと仕事中で一緒にいるのだろう。 遠くで微かに排気音とクラクションの音がするから、移動中の車内か。 『半分ね。ふん、俺はけちくさい詐欺なんかしないよ』 「なんで分かっ…」 『クックックッ、本当、おまえはな』 「あー、す、すみません…」 電話越しだし、口には出していないし、表情すら見えないのになんで見抜くかな。 驚いてついうっかり認めてしまったけど、怒っていないようでホッとする。 『まぁいい。身体は大丈夫か?』 「あ、はい。おかげさまで」 またも遠慮なく熟睡させてもらったもので。 『そうか。今夜は夕食前に帰れる』 「あ、わかりました」 『じゃぁな。いい子にしてろよ』 「いい子って…」 確かに火宮から見たら子供だろうけど。 『約束、覚えているな?』 「ッ!お、覚えてますよっ。っていうか、朝から変なこと言いださないで下さいっ」 『クックックッ、破るなよ』 「し、知りませんっ」 あ、ヤバイ。勢い余って切っちゃった。 「だってわざわざ…火宮さんが悪い!」 折り返してくるかな、と思った電話は、手の中でシーンとしていた。 「うん。まっ、いっか。さぁて、夕食のメニューだ。火宮さんがいるんじゃ、何にしよう」 無礼を働いてしまったことを無理やり意識の外に追い出して、あれこれメニューを思い浮かべながら内線電話に向かった。

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