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第42話

「暇潰しって…」 現代文、古典、数学Aに数学I、英語、物理に化学に生物に、世界史、日本史、地理、現代社会…と、どう見てもそれは高校の教科書だ。 「あの…」 「教師はそいつだ。時間があるとき、週に数回来てくれる」 そいつ、と真鍋を示されても、ちょっと状況についていけない。 「えーと?」 「どうぞよろしくお願いします」 「よろしくって…」 「はぁっ。会長は、昼間の空いた時間に勉強をなさいと仰られているのです。私がその家庭教師を仰せつかりました」 理解なさい、と向けられる目が凍えるほど冷たい。 「始めに申し上げておきますが、私は甘やかしませんので」 「ククッ。最初からそう脅すな」 つい助けを求めるように火宮に向けてしまった視線に気づいてもらえたのはいいが。 どうやら火宮の助け船は逆効果で。 「脅しではありませんよ。会長にもご許可頂いた通り、厳しくしごかせていただきますので」 うわ。人の知らないところで何の許可を出してくれちゃってるんだろう。 またまた火宮に向けた視線は、火宮の珍しい苦笑というものに吸い取られた。 「まぁ頑張れ」 「え。えぇっ?勉強、ですか…?」 何の意味があって、とか、勉強は普通好きじゃないと分かっていての嫌がらせか、とか。 色々な考えが頭の中をぐるぐるする。 「不満そうだな」 「え、だって…」 そもそも、俺が今さら勉強したって、一体何になるというのか。 ただの暇潰しにしては、あまりに無益すぎる。 「フッ。俺が、俺の所有物に与えたいと思ったんだ。おまえはただ従えばいい」 傲然と見下ろされ、否を言える立場にない俺は、渋々口を引き結んだ。 「翼」 「ッ…」 「返事は」 ゆっくりと目を眇めて俺を見る。 だんまりすらも許されない。 「っ、はい…分かりました」 屈した瞬間、満足そうな微笑みが、艶やかに輝いた。 「頼んだぞ、真鍋」 「かしこまりました」 あー、なんだか、暇は暇で困っていたけれど、よりにもよって勉強させられることになるとか。 しかもこの真鍋と。 そぉっと窺った真鍋は、全く笑っていない目で、唇の端だけを器用に吊り上げていた。

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