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第45話
「フッ、どうやら躾けが必要なようだな」
俯いたまま顔を上げられない俺の前で、火宮が立ち上がった気配がした。
「っ…」
「俺は、こっちを見ろと命じたんだぞ」
「っ、ぁ…ごめっ、なさ…っ」
怖い。
いつもは全く感じないが、こうして抑えもしない威圧感を放出されると、やっぱりこの人、ヤクザの頭だったんだと分かる。
「この俺に、嘘や誤魔化しが通用すると思うな」
「そんなことはっ…」
ハッと上げた顔の斜め上に、俺を見据える火宮の鋭い双眸があった。
「ならば隠さず話してもらおうか?何故、浜崎にそう執着する」
だんまりは許さないと、火宮の目は語っていた。
「執着なんて、そんな…俺はただ…」
「ただ?」
「は、浜崎さんは、話し、やすくて…調理師目指してるって聞いたから…料理のコツとか、教わりたくて…」
鋭い火宮の視線で、実際に身が切れてしまいそうだ。
怖い。
それでも必死に紡ぐ声が、情けなく震える。
「プロの、卵に…料理を教わったら…少しでも美味しく、出来るかなって…」
「料理のため?」
「料理のためっていうか…ひ、火宮さんも食べるときに、少しでも、美味しいって思ってもらいたくて…」
あ、れ?なんか少し、話しやすくなった?
「美味しいものを食べさせてあげれたら、嬉しいから。浜崎さん、プロ目指してるんだし、ちょうどいいなって…ごめんなさい」
俺の部下じゃないのに。
俺の使用人なわけじゃないのに。
勝手なことをしてしまったんだ。
「火宮さん?」
「フッ、なんだ」
「え?」
笑ってる?
「俺に美味い料理を作りたかったのか」
「え、まぁ、はい…」
火宮の肥えた舌に適う味が出せないのは分かっているけど、少しでもマシなものを作りたかった。
「そうか」
一体何なんだ。
急に不機嫌になったかと思ったら、何やら今度は一気に上機嫌そうだ。
ニヤリ、と口元に浮かんだ悪い笑みが気になるけれど、さっきまでの怖いオーラは霧散している。
「あの…」
「フッ。浜崎を戻してやってもいい」
「え?」
「なんならおまえ専属にしてやってもいい」
だから、急に何なのだ。
「そうして欲しいか?」
「え、そりゃ、浜崎さんが来てくれるなら、俺もありがたいですけど…」
戻してくれるって言うんなら、無愛想な神谷より浜崎の方がずっといい。
「ふぅん」
「お願いします」
途端に火宮の双眸が、妖しく楽しげに細められた。
「わかった。明日から戻してやる。ならば翼」
「はい?」
「今夜はサービスしてくれるんだろうな?」
「はいぃ?」
何でそうなる。
思い切り声が裏返ってしまった。
「おまえのおねだりを聞いてやるんだ。まさか何の見返りもなしなどとは言わないだろう?」
「そんな。屁理屈っ!」
そもそもいきなり浜崎を外したり、恩着せがましく戻したり、全部火宮の気分じゃないか。
まったくもって俺主体の望みじゃない。
「じゃぁお仕置きにするか?」
「え、お仕置きって…」
「さっき命令に逆らっただろう?」
まさか、1度で顔を上げなかったことを言っているのか。
「やっ…嫌です、サービスしますっ」
どっちも大差ないような気もするが、お仕置きとかいう怖い単語がつくよりはきっとマシだろう。
「ククッ。初めから素直にそうしろ」
あぁぁ。俺様何様火宮様。
妖しく光る瞳に見据えられ、俺は今夜のベッドを考えて、すでに憂鬱になってしまった。
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