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第50話

「ふぁぁっ。だるい。眠い」 カーテンの隙間から漏れる光が明るいことは、もう確認するまでもない。 「火宮さんもとっくに仕事だろうしー」 最後までした後の気怠さが全身を包んでいて、起き上がる気になれず、だらだらとベッドの上で時間を潰す。 いくら火宮が上手いとはいえ、まだまだ抱かれ慣れない身体が悲鳴を上げている。 「何時だろ…」 コロンとベッドの上を転がり、ベッドサイドにあったはずの小さなデジタル時計を覗く。 「うわー、11時半過ぎー」 もう昼前。 かなり寝過ごしたことに苦笑しながら、渋々身を起こすことを決めた。 「あー、腰ダルい」 リビングへ向かおうとした足までフラつく。 「全く。つらいー。これ、そのうち慣れるのかなぁ?」 抱かれる度に翌朝毎回これではたまったものじゃない。 「しかも、身体拭いてあるっぽいし、服着てるし…」 事後の世話もされていることを考えると、もう少し体力をつけなくてはと思う。 「ふぁぁっ…」 「あっ、伏野さん。はよっす!」 「っあ?」 生欠伸を繰り返しながら出たリビングに、人の姿があった。 「わぁ、浜崎さん!おはようございます」 本当に戻してくれたんだ。 「あのっ、今日は伏野さん、きっと起きてこないし、食事も適当にするだろうからって、昼飯持ってくるように言われたもんで」 「あー、火宮さん?」 「はい。普通は会長のご命令でも、真鍋幹部から言いつかるんですけど、今日は会長直々に…」 目がフラフラ泳いでいる浜崎が謎だ。 「浜崎さん?」 「いえっ!その…オレ、ここ付き外されるところを、伏野さんがご指名で戻してくれたって聞いて…」 「あ、ご迷惑でした?」 やばい。自分のことしか考えてなかったけど。 「とんでもないっ!むしろ光栄っす!」 「あ、なら良かったですけど」 「そりゃもう!オレ、伏野さんに馴れ馴れしくし過ぎちゃって、会長の不興を買っちゃったみたいで。でも伏野さんが口添えしてくれたおかげで、こうして何事もなく」 潤んだ感謝の目を向けられる意味がよくわからない。 「不興?」 「そうっすよ。オレの性格も原因っすけど、伏野さんへの会長の愛!強いっすねー」 まだこの人は、そのわけのわからない勘違いをしたままか。 「愛ってね…」 「だってオレと親しく話すのが気に食わないんすよ?まさか会長がこんなに寵愛なされているとか、伏野さんすごすぎです」 「浜崎さんと親しく…?あっ!」 嘘ぉ。つまり、そういうこと? あの時、火宮の機嫌が急に悪くなった理由が、それで分かった。 「嘘でしょ…。それって独占欲?そんな子供みたいな理由で、俺は…」 昨日の突然の怒りとベッドを思い出して、ガックリした。 「え?ちょっ、伏野さん、独占欲って…」 「全く。玩具を独り占めしたいとか。火宮さん、自分の所有物は独占したがるタイプなんだ…」 そっかー。 玩具が勝手にお使いの人に懐いたから気に食わなかったか。 「ははは。そうだよな。俺、ただの所有物なんだし」 「ちょっ、ちょっと待って下さい、伏野さん、それは違…」 「どうも。スッキリしました。ありがとうございます」 ペコリと頭を下げる。 だけど、スッキリしたと言いながら、本心はなんだかモヤモヤとよくわからない気分になっていた。 「っー、そうだ、ご飯、ご飯」 モヤモヤを振り払うように、テーブルの上に置かれた小箱に意識を向ける。 「え、あの、伏野さん?違いますって。会長のは、独占欲っていうより、嫉妬…」 「わぁ!かつ弁当!美味しそう」 もう聞きたくない。 火宮の話は、気分が悪い。 敢えて浜崎の声に耳を塞いで、勝手に開けた箱の中身を見た瞬間、タイミングよくお腹が鳴った。 「あはっ。あの、これ、食べていいです?」 「伏野さん…。あ、はい。どうぞ。それ、伏野さんのっすから」 「ありがとうございます。わぁい、じゃ遠慮なく。いっただっきまーす」 さっそく口をつけたカツは、サクサクでジューシーだ。 「美味しいっ」 ヘロヘロの身体にこの高カロリーは嬉しい。 「これ、浜崎さんのチョイスなんですか?」 「いえ。会長のご指定です」 「ふぅん。あっ、浜崎さん。また料理するときとか、色々相談乗って下さいね」 せっかく戻してもらえたんだから、ぜひとも活用させてもらおう。 「オレで出来る範囲なら」 「はい!よろしくお願いします。俺、浜崎さんのこと好きみたいです」 カツにかぶりつきながら、にっと笑みを向ける。 「っ!伏野さんっ!」 「はい?」 「それはっ、絶対に会長の前で言わないで下さい!っていうか、2度とっ!」 真っ青な顔をした浜崎は、何を慌てているんだろうか。 「浜崎さん?」 「オレの首が飛びます!比喩でもなんでもなく、リアルに!」 貧血なのか、倒れそうなほど顔色が悪い。 「あの、浜崎さん、大丈夫ですか?」 「大丈夫じゃないっすよ。伏野さんが恐ろしいこと言うからっ」 「え?」 一体何のことだ。 むしろ恐ろしいことを言っているのは浜崎の方だと思う。 「首がリアルに飛んだら死にますよね」 「だからっ、オレが、殺されるんすよ。会長にっ」 「なんでー」 わけがわからない。 「ヤクザだからって、そうむやみやたらに人殺したりしないでしょう?そういえば火宮さんがヤクザってすぐ忘れちゃうんですけどね」 「何の話っすか…」 「そういうと、浜崎さんもあまりヤクザっぽくないっていうか、話しやすくて好…」 「だーっ!だからっ、そういうのがっ…」 あ、失礼だったかな。 「すみません。ヤクザっぽくないっていうのはその、気さくで怖くないっていうか…あれ?褒めてるんですけど…」 これはヤクザさんには褒め言葉じゃなくなっちゃうのか? ますます顔色を失くして震えている浜崎の様子はあまりにおかしい。 「あの、浜崎さん?」 「っ!とにかくっ、オレも伏野さんのお付き、誇らしいと思ってるんでっ。末長くいさせてもらえるように、もう少し配慮をですねっ…」 「はぁ」 「と、とりあえず、よろしくお願いします!」 ペコンと深く頭を下げた浜崎が、慌てふためいて部屋を出て行った。 「ほぇ?」 わけがわからない。 「まっいいか」 浜崎の態度はおかしいが、気にするほどのことでもないだろう。 「んー、美味しい」 揚げたてのサクサク感が失われていないカツが美味しくて、とりあえず幸せだった。

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