53 / 719

第53話

あー、本当、綺麗な顔してるよな。 俺は、テーブルを挟んで向かいにいる真鍋の顔をチラチラと眺め、呑気に余所事を考えていた。 「…ですから、この公式に当てはめて…」 淡々と説明を続けている真鍋からは、何の感情も窺えない。 クールビューティとかいうのかな。 火宮とはまた違った、触れたらひんやりと冷たそうな静かな美貌をしている。 これでヤクザの幹部っていうんだもんなー。 モデルをやらせたら売れそう…と失礼なことを考えながらぼんやりしていたら、不意にカツンとテーブルがペンで叩かれた。 「聞いていらっしゃいますか?」 「え?は、はい!」 「ではここまでよろしいですか?」 ここ、とペン先で何やら書き込まれた数式を示されても、なにがなにやら。 だけど。 「はい、大丈夫です」 「そうですか。では続きですが…」 どうせこんな勉強、理解したところで、俺が活用する機会はないのだ。 まったくもって無駄な時間だと思う。 こんな勉強させるくらいなら、もっと別の…。 教科書なんかじゃなく、ソッチ系の雑誌の1つでも用意してくれればいいのに。 俺は火宮の所有物なんだから、火宮を楽しませるテクの1つでも学んだ方が、よっぽど有意義ではないのか。 一昨日は結局イかせられなかったしなー。 あのお綺麗な顔が、俺の奉仕で乱れてくれたら、どんなに嬉しいだろう。 少しでも気持ちよくなってくれたら…。 そこまで考えて、ふと小さな戸惑いが浮かんだ。 「ッ…?」 なんだ?俺、何を考えて…。 思考の先が、火宮、火宮と、火宮のことばかりに向かっている。 違う、違う。 ただ火宮は俺の全てだから。 火宮中心に俺の世界が回っているから、考えが向かってしまうだけだ。 他意はない。 なにせ火宮がいなければ、俺は生きていない。 染まるのも、飲み込まれるのも当たり前で…。 「翼さん?」 ほら。別に俺を拾ったのがこの真鍋だったら、俺はきっと…。 「ッ…」 違、う…。 不意にこみ上げた感情に、愕然となった。 もしも真鍋なら。 火宮と負けず劣らずの美貌だけど。 イケメンでいい男というなら間違いないけれど。 だけどそれなのに。 俺は、火宮さんじゃなきゃ、あんなこと出来ない…? 真鍋のものを…と考えた途端、いいようのない拒絶感が湧いたのを無視することはできなかった。 それは…。 「翼さん」 「ふぇ?へっ?」 あれ? ふと気付けば、それはもう、絶対零度すらまだ温かいと言えそうな、物理法則を完全に無視した、冷たい冷たい真鍋の視線が向いていた。 やばい。勉強中だった…。 突然引き戻された現実に、直前までの思考は見事に中断され、小さな疑問は消えていった。

ともだちにシェアしよう!