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第54話

サァーッと血の気が引く音っていうのはこういう音か。 「聞いていらっしゃいませんね?」 「あぅ、その、えーと…」 「この説明はご不要でしたか」 フッと吐き出された息が冷たい。 コツ、とテーブルを叩いたペン先の音が、やけに大きく耳に響いた。 やばい。怖っー。 息をするのもままならないほどの、異様な冷気に包まれる。 実際に寒いわけではないのに、身体が凍えたようにブルリと震えた。 「ッ…」 「確か、この問題が分からない、と始めにお聞きしたように記憶しておりますが」 そう。真鍋が丁寧に説明してくれていたのは、俺が自習で解けなかった問題だ。 「その…」 「途中でお分かりになられたのですね」 「いや、その…」 馬鹿丁寧過ぎる敬語が逆に怖い。 「では同じタイプの練習問題がこちらにあります」 「えっと…」 「どうぞ、お解きになって下さい。あぁ、鉛筆をどうぞ」 ニコリと、口元しか笑っていない器用な笑顔で、持ち手の方が向けられた鉛筆が差し出された。 「あ、ぅ…」 目の前に出されては、受け取らないわけにもいかず。 とりあえず手にした鉛筆で、指定された問題を解こうとしてみるものの…。 わ、わかんない…。 それはそうだ。元々解けなかった問題の、数字が微妙に変わっているだけなんだ。 せっかくの説明を一切聞いていなかった俺に、解けるはずがない。 「えーと…」 チラリと上向いた目で窺った真鍋からは、吹き荒れるブリザードが見えそうだった。 こ、怖ッ。 ギクリと身体が強張った。 身を焦がすような怒りではない。 むしろ身を凍りつかせるような、心底冷たい真鍋の視線が俺を射抜く。 火宮のものとは質が違う、だけどヤクザの幹部というのが納得の、力のある視線だった。 「ッー!ごめっ…ごめんなさい…」 「どうしました?」 気づいているだろうに、シラッと尋ねてくる残酷さが怖い。 言われているわけじゃないのに、自ら吐きなさいという声が聞こえてきそうだ。 「っ…説明を…」 「翼さん?」 「説明っ!せっかくしてくれていたのに、聞いてませんでしたっ!」 ガバッと下げた頭は、テーブルより低い位置にまで下がった。 もうどうにでもなれ。 すでに怒らせていることは変わらない。 説教か、嫌味か。はたまた冷たく見捨てられるか。 3つ目なら、俺はむしろラッキー? もともと無意味だと思っている勉強だ。 俺にやる気がないと知れれば、もしかしたら。 「そうですか。で?」 「え?だ、だから、説明を聞いてなかったから、この問題、解けません…」 何を、考えているんだろう。 冷気を放出してはいるが、変わらない無表情の真鍋からは、内心がさっぱり窺えなかった。 「だから、その…」 「わかりました」 ゆっくりと吊り上がった唇の端に、冷たいままの瞳。 笑顔と呼ぶにはあまりに不敵な冷笑を浮かべて、真鍋はその場にゆっくりと立ち上がった。 「やる気がない、と」 「え…」 これはもしかして? このまま出て行ってしまうだろうか。 見放されたんなら、それはそれで。 「翼さん。立って下さい」 「え?」 言いながら、カチャカチャとズボンのベルトを外し始めた真鍋を見て、俺はその場に凍りついた。 え…。

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