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第58話

夜。 真鍋の配慮か、元々の予定なのかは知らないが、火宮は夕食を済ませてから帰ると連絡が来ていた。 俺もとても料理をする気分じゃなくて、浜崎に連絡して出来合いの弁当を頼んで食べた。 その後、風呂に入る気分にもならずに、ぐだぐだとソファにうつ伏せて、のんびりスマホを弄っていた。 「翼」 「うわっ、はいっ?」 本当、どうしてわざわざそういう登場の仕方をするのか。こっそり背後に忍び寄っているとか、ブレなく意地悪い。 突然間近で呼ぶから、派手に飛び上がってしまったのが恥ずかしい。 「お、お帰りなさい」 いつの間に帰って来たんだ…。 まったく気配がしなかったのが怖いんですけど。 そこまでスマホに熱中していた覚えもないのに。 「まったく気づかないで何をしているのかと思えば、ゲームか」 クックックッと笑い声を立てながら、手元を覗き込んでくる火宮は、相変わらずダークスーツが似合うイケメンだ。 「好きなのか?」 「え?」 「ゲーム」 「あー、特別好きとかではなく、暇潰しにそこそこ」 手持ち無沙汰になったとき、なんとなく弄ってしまう感じだ。 「そうか。好きならゲーム機を買えばいいと思ったが。…まぁそれほど暇はないか」 突然、ニヤリ、と悪い笑みを浮かべた火宮が見えて、背筋がゾクリと震えた。 「な、に…?」 思わず後ずさった身体がソファから落ちる。 不機嫌なわけではない、けれど嫌な予感しかない火宮の様子に、頭の中で警鐘が鳴った。 「ククッ、何をそう怯える」 「っ、べ、別に…」 怯えているつもりはないけど、床から火宮を見上げる目は怯えを映しているんだろうか。 舌舐めずりしそうな火宮のサディスティックな表情が答えなのかもしれない。 意地悪い顔してる…。 一体何を企んでいるのか、その形のいい唇が開くのが怖い。 「翼」 「っぁはいっ!」 「ククッ、なんだそれは」 「あ、いえ、その…」 「まぁいい。とりあえず脱げ」 は? ポカンと開いた口が塞がらなかった。 「聞こえなかったか?」 スゥッと目を細めた火宮が怖い。 「っ、いえ。脱、ぎます…」 何がとりあえずで、なんでこの明るいリビングで、と、疑問は尽きなかったけど、命令ならば従うしかない。 ささいな命令違反で機嫌を悪化させるほうが、後がよっぽど怖い。 震える身体を意志で抑えつけながら、俺は着ていたものをポトポトと床に脱ぎ捨てた。 「ふぅん」 眇めた目が、全裸の上に注がれる。 前を隠したくなる手を堪えている拳が震える。 これは一体どういう状況なのか、わからないのも恐怖を感じる要因だ。 「いいだろう。後ろを向け」 何がどういいんだか。 わけがわからないけど、命令には疑問を挟めない。 「ほぉ?」 くるんと背を向けた後ろで、火宮の意地悪な響きを宿した声が上がった。 なに…? ゾクッと背筋を駆け上がった悪寒は、決して気のせいではなかったと思う。

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