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第60話

そのまま待っていろ、と言って寝室に消えていった火宮は、何をしに行ったのか。 リビングの床に全裸で四つん這いになったまま、俺はドキドキと鼓動を早めながら待っていた。 何されるんだろう…。 どSの火宮のことだ。 決して楽な真似はさせてもらえないと、今から恐怖で身体が強張る。 「ほどほどで済むといいなぁ…」 希望的観測をポツリと漏らした瞬間、ガチャリと寝室のドアが開いた。 「甘いぞ」 「ッ!」 やばい、聞こえてたか。 タッチの差だと思ったのに、火宮の耳には届いていたらしい。 何かを手にして近づいてきた火宮が、サディスティックに笑っている。 「ククッ。安心しろ。じっくりたっぷり可愛がってやる」 あぁ。俺の呟きと正反対のことを笑顔で言い放ってくれる辺り、やっぱりこの人、どSでどうしようもない。 「意地悪…」 「フッ、覚悟はいいか。仕置きだ」 よくないと答えたら止めてくれる…わけないよな。 「はぁ…」 諦めとともに頷いたら、艶やかな火宮の笑みが向けられた。 「翼、選べ」 「はい?」 「その跡を上塗りして消されるのと、快楽地獄に堕ちるのと。どっちがいい?」 クックッとどこまでも楽しそうに笑いながら、どちらも選びたくないような選択肢を提示してくる。 上塗りって…この上をまた叩かれるってことだよな? 「ムリッ!」 「翼?」 痛いことは全力で遠慮したい。 だからといって快楽地獄って何。 地獄ってつくくらいなんだから恐ろしいんだろう。 「ほら、どっちだ。なんなら両方、って選択もありだぞ」 ニヤリと唇の端を吊り上げている火宮を、ゆっくりと見上げてみる。 「じゃぁ両方なしっていう選択も…」 「ない」 「ですよねー」 わかってる。言ってみただけだ。 「選べないなら俺が決めるぞ」 「っ!やだっ…」 それって絶対両方って言うに決まってる。 「い、痛いのは本当、無理っ…」 やだやだ、と首を振ったら、ふぅん、と意味ありげな火宮の声が聞こえてきた。 「まさか…」 いや、この人ならあり得る。 敢えて俺が選ばなかった方を与えてくる可能性。 「どっ…」 どうしよう。 もう、どちらを選んだらいいのかわけがわからなくなってきた。 チラリと見上げた火宮の顔は、こうして惑う俺を心底楽しむように、愉悦を含んで揺れていた。 「ッーー!」 「翼?」 「っ、もう…もうどっちでもいいです」 「ほぉ?」 「火宮さんの好きな方にして下さい」 希望して裏切られるくらいなら、もういっそ始めから委ねてしまえばいい。 どっちにしたって、結果自体に変わりはないような気がする。 「いいのか?」 クックッと笑う火宮の声色が、少し満足そうだ。 「いいです。任せます」 「両方と言うかもしれないぞ?」 「火宮さんがそう言うなら、それでいいです」 もう腹をくくる。 俺だって男だ。 「フッ、可愛いことを言う。ならば…」 「っ…」 「苦痛は本当に苦手だったな」 「ッ!」 やっぱりそうなるか? 「ならば従順さに免じて、痛いことはしないでやる」 「ふぇっ?」 「ククッ、嬉しいだろう?息が出来ないほどの快楽に溺れさせてやるぞ」 え? 「せいぜい泣き叫んで許しを乞え」 ニヤリと笑みを浮かべた火宮の顔が、妖しく輝いた。 息がって…それ死ぬんじゃ…。 ゾッと這い上がった寒気が、全身をぶるりと震わせた。

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