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第74話
「ふぁぁ…死ぬー」
「ククッ、大丈夫か?ほら」
ぐったりとソファに伸びていたところに差し出された水を、ありがたく受け取った。
「どーも。ぷはぁっ、美味し」
「クッ。風呂上がりのおやじか」
まだ湿った髪を無造作に流し、バスローブ姿で妖艶に微笑む火宮が、ヤバいほど色っぽい。
手にしたブランデーグラスが、これまた大人の色気を倍増させ、むせ返るような色香を放っている。
「うーっ…」
「なんだ。どうした?」
バタンとソファに突っ伏した俺の髪を、火宮の手が軽く梳いてくる。
思わず身体がピクンと跳ねてしまう。
「なっ、なんでも…」
やばい。これ以上は。
だって結局あれから、中に出されたものを処理するとかで、あろうことかあそこに指を突っ込まれて掻き出され。
当然、敏感になっている身体にそんなことをされれば、またうっかり勃たせちゃったのはもう生理現象としか言いようがなくて。
なのに恥ずかしくて感じてるとかさ…。
散々意地悪を言われ、抱かれたときよりさらに長く執拗に悪戯され、最終的にイかせてはもらえたものの、俺はもうクタクタの瀕死状態にされた。
「本当、どS。疲れたよー」
「なんだ。今度は仕置きを催促しているのか?」
「は?え。口に…」
「出ていたぞ」
クックックッと笑っている火宮から、本気は感じなかった。
「っは…ごめんなさい。でも火宮さんがSなのは本当ですからねー」
ムーッと口を尖らせて不貞腐れてみても、火宮の機嫌は損なわれなかった。
「ククッ、でもおまえも満更でもないじゃないか」
「あー、なんか慣れてきたっていうかー、染まってきたっていうかー、諦めた?」
「おい」
ストンとわざわざ同じソファに座ってきた火宮が、寝そべっていた俺をズイッと退かした。
「なんでっ」
「ククッ、別に?」
他にも座るところはいくらでもあるのに。
わざわざ狭いここで、わざわざ人を押し出して。
危なく落ちそうになった俺は、身体を起こすしかない。
並んで座る形になってしまい、なんだか照れ臭い。
「意地悪?」
「どうだかな」
「意地悪だー」
「ふっ。それに慣れてきたというなら、もっと過激なプレイでもしてみるか?」
ニヤリ、と浮かんだ火宮の笑みがあまりに妖しくて、ゾッと寒気がした。
「か、過激って…」
今でも十分、あれやこれやされている気がするんだけど。
「クックックッ、そうだな…」
何かを思案するようにあらぬ方向を見る火宮が怖い。
意味深なところで言葉を切るのはやめて欲しい。
「ふっ、何を想像してる」
「っ…別に何も!」
「蝋燭か?鞭とか?」
おまえの想像力などその辺りか、と笑う火宮の視線が向き、俺はブンブンと激しく首を振った。
「やですよ!怖いのも痛いのも絶対嫌!」
「ククッ、怯えた表情はそそるがな」
「やだ。絶対やだ…」
「安心しろ。俺の趣味じゃない。苦痛に泣かせるのは、真鍋の好みだったか?」
艶やかに笑う火宮はどこまで本音か。
「しっ、知りませんよっ」
「まぁ俺はあれに比べたらかなり紳士的だ」
どこがっ!という言葉は、すんでのところで飲み込んだ。
「その目。本当、おまえは飽きさせない」
クックッと笑いながら、ブランデーを口に含み、ゴクリと喉を鳴らす火宮はとても楽しそうだ。
「お酒…」
「ん?なんだ」
「お酒、好きなんですね」
火宮の手の中のグラスをチラリと見る。
「好きだな」
「ですよねー」
調理器具が一切なかったこの家に、酒用であろうグラスはバーが開けそうなほど充実していた。
たくさんの種類の酒のボトルも並んでいる。
「ククッ、おまえは飲まないんだったな。20歳まで」
ガキ、と笑う火宮が、わざと見せつけるようにブランデーをゴクリと飲む。
ふわりと香るアルコールの匂いだけで酔いそうだ。
「イーッ」
「だからガキだって言うんだ」
クックと笑いながら、大きな手がぐしゃりと髪を掻き混ぜてくる。
「っ…」
ドキッと心臓が跳ね上がった。
本当、ずるい。
他意のないそんな仕草にさえ、俺は惑う。
ただ玩具を愛でているだけなのはわかっているのに、それだけで幸せ。
「火宮さん」
「なんだ」
俺は、恋愛対象に入りますか。
本当は聞きたい、けれど答えは知りたくない問いを飲み込んで、俺は微笑む。
「ロールキャベツはコンソメ派ですか?トマト派ですか?」
「なんだ唐突に。まぁいいけど。俺はコンソメ派だな」
不思議そうに首を傾げながらも、きちんと答えてくれる。
「じゃぁオムライスは?」
「オムライス?」
「中身です。ケチャップライスですか?バターライス?」
「ケチャップ」
スゥッと目を細めて、少し楽しそうに唇の端が吊り上がる。
綺麗で妖しい火宮の笑み。
あぁ、好きだ。その顔も好き。
「じゃぁ、肉と魚なら?」
「肉」
「犬と猫は?」
「いきなり食から離れたな。まぁどちらかといえば犬だな」
ククッと笑いながら、当てのないだろう問いに、厭う様子なくサラリと答えてくれる。
「ふふ」
「なんだ」
「いえ。お酒の匂いに、酔ってきちゃったかな…」
他愛のない会話が楽しい。
面倒くさがらずに相手をしてくれる火宮が嬉しい。
「初恋はー?いつですか?」
「初恋?また随分と飛ぶな。幼稚園の頃、か?」
「早っー」
「そんなもんだろ」
ちなみに相手は先生だ、と可笑しそうに笑う。
「年上好み?」
「そうでもないな」
「そっかー」
「なんだ、打ち止めか?」
ククッと楽しげに笑う火宮が、ブランデーを飲み干した。
「んー」
なんか、本当の本当に聞きたいことは、何1つ聞けていないんだけど、俺が口にする質問すべてを、厭わず誤魔化さずちゃんと答えてくれる火宮が嬉しいから、なんだか満足だ。
「ちょっと眠くなってきちゃいました」
敢えて心を抉る質問なんてする必要はない。
今日はちょっと温かい気持ちで、このまま眠ろう。
「そうだな。さすがに疲れたか?」
若いくせに、と揶揄いながらグラスをキッチンに置きにいく。
「火宮さんが絶倫すぎるんですー」
「またおまえは」
「だって本当のこと…」
「ふっ。仕置きだ、立て」
「ッ!」
調子に乗りすぎた?
キッチンから戻ってきた火宮の目が、妖しく光っている。
「や…ごめ…」
「ククッ」
立てと命じながら、グイッと俺の腕を取って強引に立たせてくる。
その身体が互いに密着するほど引き寄せられた。
「っ?!」
嘘。
くいっと顎を上向かされたかと思った瞬間、唇を柔らかい感触が覆ってきた。
「んっ…」
こんな甘いお仕置き。
くちゅ、ちゅ、と舌が絡まり艶めかしい音が上がる。
「ふっ…ン」
気持ち良すぎて身体から力が抜ける。
「ふっ…ぁ…」
ゆっくりと離れていった火宮の顔が、それはそれは艶やかな企み顔に綻んだ。
「本当、感じやすい。これ、触るの禁止だからな?」
ククッと笑う火宮が、軽く膝で俺の性器を弾いていった。
「せいぜい悶々としながら眠りにつけ」
意地悪く、サディスティックな火宮の笑みが輝く。
「っ…ん」
残念、火宮さん。
これじゃ、お仕置きになんないよ。
ごめんね。だって嬉しい。
罰のキスだって、馬鹿みたいに嬉しい。
火宮から与えられるキスで熱くなる身体と、蕩ける心を抱え、思わず笑み崩れそうになる顔を神妙に保つのが大変だった。
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