89 / 719
第89話
っーー!
言葉にはならなかった。
代わりに涙がボロボロッと目から溢れ出す。
本当は欲しくて堪らなかった言葉。
1度は完全に拒絶され、諦めた想い。
それが、いま、ここに…?
「夢かなぁ?」
ポツリと呟いてしまった瞬間、火宮が、少しだけ困ったように苦笑した。
「現実だ」
「っ…」
「信じられないのは分かっている。俺は1度、おまえを酷く傷つけて、あろうことか暴力的に抱いた」
「っ、でもそれは…っ」
俺が望んだからであって…。
「違うんだ、翼。俺は、俺のために、翼をあんな風に、暴力的に犯したんだ」
「っ…え?」
「傷つけて済まなかった。謝って済むことではないことくらい分かっている。俺の身勝手な感情で、身勝手な考えで振り回して…。だけど翼、俺はおまえが本気で好きだよ」
「っ、ん。んっ…」
不意に伸びてきた火宮の手が、俺の腕を取る。
ぐいっと引かれ、力に従うまま立ち上がった身体が、ギュッと強く抱き締められる。
「愛してる…。信じてもらえるまで何度でも。許してもらえるまで何回だって言う」
抱き締められた身体の温かさが、耳元で囁かれる確かな言葉が、これが現実だと教えてくれる。
幸せな想いが、広がっていく。
「火宮さんっ…」
「好きだ、翼。全て話そう」
「っ、ん…」
「言い訳になるけれど聞いて欲しい話がある」
それは、きっと、俺が1度フラれた理由。
互いに苦しいだけの身体の重ね方をしなければならなかった、その理由…。
「わけもわからず傷つけられたおまえには、聞く権利がある」
「んっ…」
ギュッと強く抱き締められた身体がそっと離された。
「聞いてくれるか?」
火宮に促されるまま、ソファに並んで座り直す。
「はい…」
2人分の体重を受けたソファが、キシリと音を立てた。
ともだちにシェアしよう!