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第90話
並んで座ったソファの隣で、火宮がそっと指を組み合わせて、静かに口を開いた。
「天束聖。気になっただろう?」
「っ、あの、えっと…」
確かに真鍋の話で引っかかった単語ではあるけど、すんなり肯定していいものか戸惑う。
「ククッ。もう盗み聞きはバレているんだ。正直に頷け」
「う…」
その名を真鍋が言った後は怒り出していたような気がするけれど、今の火宮は俺を揶揄うように可笑しそうに目を細めている。
ならば素直に尋ねてもいいということか。
「は、い…。その、あまつか、ひじりという人は…誰なんですか?」
きっとすべてのキーパーソンであろうその人。
火宮にあんな顔をさせた原因の人物なんだろうその名が、とても気になる。
「ふっ。聖は…聖は俺の…」
「っ…」
「俺の…何だろうな?」
「え?」
「真鍋は亡霊と呼んだが…。知人と言うにはあまりに親しく、親友と呼ぶにはあまりに遠い。ただの友人ではなく、恋人と呼べる間柄でもない。悪友と呼ぶのが1番しっくりくるか」
火宮自身もいまいち分かっていない様子の関係性が、俺には余計に謎だった。
「悪友…」
「あぁ。生きていれば、真鍋と同じ年になっているな。高校の2つ上の先輩ってやつだった」
ふっ、と笑う火宮の目は、遠いどこかを映している。
その言葉の中には、とても気になる単語が1つ。
え?生きていればって…。
「その人、今は…」
「あぁ。亡くなった。俺が16、聖が18になった年だった」
それは、今の俺と変わらない年の頃の話で…。
「聖は1人、その死の真相を身の内に抱えたまま、俺に黙ってあの世に消えた」
「っ…」
「俺は今でも、聖を死なせたのは俺だと思っている」
わずかに掠れた火宮の声には、後悔と自責の念が宿っていて、俺はその聖とやらの死が、火宮に刺さって未だに抜けない棘なのだと思った。
「火宮さんが…死なせた…?」
「あぁ。聖は俺が…基本的に人と深く関わることを疎んでいた俺が、唯一心を許してもいいと、そんな風に思った人間だったのに」
「っ…」
「出会って1年もしないうち。聖は…1人で先に逝ってしまった」
まるでその出会いがすべての罪かと言うように、火宮は自嘲的に笑った。
その周りには深い闇が渦巻いていて、俺は決してそれに引きずり込まれてはいけないと、グッと腹に力を入れた。
「初対面の印象は、コイツ頭大丈夫か?だったな…」
過ぎ去った時間に思いを馳せるように、火宮はゆっくりと静かにその日々を語り始めた。
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