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第92話
「同じ側。同じ視線でものを見て、同じ考えで言葉を語り、同じ思いで話の出来る人間に、初めて出会ったんだ」
少し嬉しそうに、そして酷く悲しそうに、火宮は薄っすらと微笑んだ。
「聖さんは…」
「あぁ。俺が退屈だと投げ出していた日常に、聖は退屈だと思いながら、敢えて色をつけようともがいていた」
「っ…」
「俺と同じ、どうにもできない飢えを抱えながら」
それは、俺たち凡人からは天才と呼ばれるであろう2人にしかわからない孤独という感情なのだろうと思った。
ゆっくりと遠い目をした火宮が、またその過去を瞳に映す。
ーーーーーー
「生徒会なんかもやってみたんだけどさー」
「でも退屈は埋まらない」
「正解。やっぱり火宮くんだよね。だからキミがいいんだ」
聖が目をつけた理由は簡単に分かった。
同族。
「ど?僕と友達になろ?」
2度目の同じ台詞と共に差し出された手を、自然と取っていた。
「ふっ、あんたは少しは楽しませてくれそうだ」
このとき鮮やかに笑った聖の顔は、今でも鮮明に思い出せる。
退屈で無機質で、無色で味気ない日常に、たった1つの鮮やかな色が見えた瞬間だった。
それから互いの足が互いに向くのに、それほど時間は必要ではなかった。
相変わらず何の意味があるのか、真面目に学校に出席し続ける一方と、卒業条件の出席日数だけを確保しつつ、適度に自主休講を続けるもう片一方。
それでも気づけば、学校が終わる決まった時間、待ち合わせのない街角に、知らずのうちに姿を見せる聖を、知らずのうちに迎えるようになっていた。
「うわぁ。今日はまた派手にやったねー。痛くないの?それ」
微かに赤みを帯びた手の甲の、拳にすると盛り上がる骨の辺り。
ある日の喧嘩終わりにやってきた聖が、随分と痛そうな顔をして眉を顰めた。
「別に」
「そう?僕だったら痛くて泣く」
「はっ、こんなもの、痛みの1つも与えちゃくれない」
「刃…」
何故そう喧嘩を買うんだ?とか、喧嘩なんかやめなよ、という普通の言葉を漏らさないのが聖だった。
代わりにもたらされたものは、赤みを帯びた手への、恭しい優しい口付け。
「聖」
「ん?」
「気色悪い」
何か神聖な儀式のようなそれが、ゾワリと気持ち悪く感情を波立たせたのは確かだった。
「うわ、ひどー。心配してやってるのにさ」
「くっ、頼んでないよ」
「ふふ、だろうね。僕の心配なんかなくてもキミは強い」
「……」
鮮やかに笑う聖の顔は眩しくて、けれどだからこそ大きな影も生み出していた。
「強いけど…楽しい?」
「まさか」
「じゃぁ刺激的」
「いや」
「そっかー。僕は喧嘩は弱いからなー。ま、刃の強さには憧れるけど」
ニッと笑う聖には分かっていたんだろう。
初めは確かに刺激が欲しくて買い始めた喧嘩だけれど、結局それも、なんの楽しみの足しにもならなかった。
潤すことのできない渇望。
それを満たそうともがいて売られる喧嘩を買い続けた結果、いつの間にか最強などと名が売れて、さらなる敵に事欠かなくなっていく悪循環。
一方では勝手に信奉されて名も知らぬ取り巻きたちが増え、他方では名も知らぬ相手からの妬みや恨みが膨れ上がっていくことの意味。
「ねぇもし僕が絡まれたら…」
「助けてやるよ」
「違う」
「あ?」
「えへへー。あのさ、一緒に逃げてね」
ニッと笑って腕を取った聖の願いは、どうせ満たされないのだから、こっちにお帰り、と言っていたことを、ずっと後になってから理解した。
けれど理解したときには、もう全てが遅かった。
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