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第97話
で。
幸せ絶頂な気分も束の間。
痛い。
痺れた。
怖いー…。
そう、俺は今、リビングの床で、冷たい顔をした鬼に見下ろされて正座している。
「それで?」
「っ…」
なんでこんなことになっているかというと。
「確かに体調面で勉強など不可能だった時間はありましても、今朝は早く起きられたのですよね?なのに、会長と両想いになられたことで浮かれて無駄に時間を過ごされて、今回分の課題を何1つなされていないと」
はい。ってコトです。
説明どーも…じゃなくて。
「わからない箇所をお聞きしましても、わからない箇所があるのかないのかさえわからないなど、舐めていらっしゃるのですか?」
いえ、滅相もございません。
だけど言えない。
確かに今日の午前中、火宮との関係が進展したことが嬉しくて浮わついて、ふわふわ、ふわふわと料理に無駄に時間をかけ、ソファで回想しながら悶え、寝室のベッドに転がってみては匂いに浮かれ…と、全くもって無駄に時間を過ごしたことは、舐めてるととられても仕方ない行動だった。
と、今なら思う。
「はぁぁぁっ、翼さん」
「っ…」
ビクッと身体が小さく跳ねてしまった。
「お分かりでしょうが…」
罰、だ…。
やだ。怖い。
冷ややかな真鍋の目を縋るように見上げて、俺は反射的に首を左右に振っていた。
「はぁっ…。たとえ翼さんが会長の大切な方になられようと…いえ、会長の本命になられた方だからこそ余計に、甘やかすつもりはありませんので」
「っ…ゃ」
「どうぞ、より一層のお覚悟を」
淡々と紡がれる真鍋の言葉にゴクリと喉が鳴った。
「翼さん」
「やっ、嫌っ!ごめんなさいっ。今度からちゃんとやりますからっ…」
すでに半泣きになりながら必死に願う。
「……立って下さい」
「え…」
「ズボンと下着を下ろしてこちらにうつ伏せになって下さい」
「っ!」
こちら、と示されたソファの座面と、真鍋の顔を、思わず交互に見比べてしまう。
まさかその要求は、今日は素肌を打たれると言うことなのか。
「そんな…」
嫌だ。ありえない。
真鍋は2回目だからと言うのかもしれないけれど、前回弛んでいたときに、ズボンの上からやられたのだって泣き喚くほど痛かったのだ。
「やだ…。嫌です、無理だっ。許して…」
ぶわっと目に浮かんだ涙が、溢れるギリギリで目の縁で震えているのが分かった。
「翼さん」
「っー!ホントにっ、俺っ…」
ボロッとついに涙がこぼれ落ちて、頬をツゥーッと伝った。
「……」
「ひっ、く…ごめっ、なさ…許…て」
「ふっ…」
え?
笑った?
俺はこんなに怖くて泣いてるのに、真鍋はまさかまさかの笑顔ときた。
「っ、ま、なべさん…」
「ふっ、ご安心下さい」
「え…」
この状況で何を安心しろと言うのか。
思考が凍る。
「叩きませんよ」
「え…?」
フリーズしてしまった思考では、その言葉の意味が全くわからない。
「会長の言いつけです」
「あの…」
「今後、翼さんが何か粗相をいたしましたら、会長に報告し、会長が仕置きすることになりましたので」
えっと?
それはつまり、今、真鍋から罰されるこはないってことで。
「じゃぁズボンとか下着とかって何で…」
脱ぐ必要はないのでは?
「手当てです。まぁ、状態の確認ですが」
「は?あの…え?」
「お身体を確認し、今日はこれから会長のところにお連れすることになっております」
サラリと告げられる真鍋の言葉が頭の中でぐるぐるする。
確認?火宮さんのところに行く?
じゃあ勉強は?
っていうか、真鍋さんは初めから俺を迎えに来ただけ?
「え?え?え…?」
「翼さん」
「はいっ?えっ?あの…」
「おめでとうございます」
ニコリと綺麗に微笑まれて、いきなり祝いの言葉を漏らされても、一体何が何やら。
「会長とド派手な痴話喧嘩をなさったのも束の間、無事両思いとわかりましたようで。本日の頭にお花を咲かせましたお2人を見ましたら、私も散々手間を取らされた甲斐がありましたよ」
ニーッコリ。
綺麗に弧を描いているのは唇だけで、その目は嫌味ったらしく眇められていた。
「ま、さか…」
真鍋の意図を察した俺が愕然となったのを見て、真鍋の顔が綺麗に綻んでいく。
ふふ、と楽しそうに弧を描いていく真鍋の唇と目は、いつも口元しか笑っていない真鍋が初めて見せる、本当の笑顔だった。
「っ…」
この人って…。
どう考えても、そこそこ派手な修羅場に巻き込んだ挙句、翌日スッキリ浮かれてる俺たちへの腹いせに、わざと俺を怯えさせ泣かせるなんて意地悪をしたに違いなくて。
それは何とも悪趣味で、どこまでも性悪な…。
火宮すらも超える。
「超ド級のどSッーー!」
俺の絶叫がリビング中に響き渡った。
けれども真鍋の楽しそうな顔はそのまま楽しげに揺れたままで。
「褒め言葉ですか?ありがとうございます。ですが課題の確認も、ついでではありますが、嘘ではありませんよ?」
悠然と微笑んで、綺麗なお辞儀を優雅にして見せて、どこまで本気かわからないような言葉をサラリと吐いている。
「っ…」
もうやだ、この人…。
火宮の恋人となった今、これから先、今まで以上にこの側近とも顔を合わせる機会は増えてくるだろう。
「やっていける気がしないよ…」
どSは火宮だけで十分…と愚痴りたくなりながら、チラリと見上げた真鍋は。
「では失礼して…」
「っ!な…」
強引な腕にソファの上に引きずり上げられた俺の運命は…。
言うまでもない。
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