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第98話

「あの、翼さん。そろそろ機嫌を直されて下さい」 「……」 「もう着きますよ」 ふんっだ。 俺は、火宮の元に連れて行かれる車の中、ムッツリと押し黙り、窓の外を流れる景色をジッと睨んでいた。 「はぁっ…」 面倒くさそうに溜息をつかれたって、反応の1つもしてやるもんか。 だってあんな、揶揄うような意地悪をされた挙句、あんな無理やり、ズボンと下着を下ろされて、お尻を強引に開かれて…。 「ッ!」 うっかりリビングでの出来事を思い出してしまい、羞恥に動揺した俺の顔が目の前の窓ガラスに映った。 「翼さん」 っ。馬鹿真鍋、鬼真鍋、どS真鍋。 心の中で、吐ける限りの暴言を吐いてやる。 そりゃ、1度とならず見られてはいたけれど、淡々と、本気で治療行為以外の目的も仕草もないのは分かっていたけれど。 だからって平気なわけじゃなくて。 俺は怒ってる! 「翼さん、着きましたよ。降りて下さい」 「……」 まるでVIPみたいに、ドアを開けて恭しくエスコートされたって。 微動だにしてやるものか…。 「いい加減になさい」 真鍋の声が突然ズシリと低くなり、俺は直前の決意も忘れ、ビクリと身を竦ませてしまった。 「無理矢理引きずり出しましょうか?池田」 真鍋が背後に向かって鋭い呼び声を放った。 初めて聞く名にうっかり振り返ってしまったのが間違いだった。 「この者に担がれて連れて行かれたくなかったら、さっさと降りて下さい」 スゥッと薄く目を細めて冷たいオーラを纏った真鍋と、その半歩後ろには、厳つい顔とガッシリとした体格をした、いかにも暴れるサークルさんらしい大柄な男がいた。 「っ…」 よくよく見れば、ここはどこぞのビルの前で、真鍋の後ろ側には、池田と呼ばれた男以外にも数人、いかにもな男たちの姿が見えた。 「ここって…」 「うちの事務所です」 担がれるのはさすがに勘弁と、籠城を諦めて出て行った俺の手を、真鍋が恭しく取ってくれる。 その手にエスコートされるまま、足を車から下ろし、スッと立ち上がったら、真鍋の後ろにいた男たちがザッと一斉に頭を下げた。 「なっ…」 庶民でパンピな俺は完全にビビり、思わず真鍋にギュッとしがみついてしまった。 「翼さん…。そう密着されますと、私の腕が今日にも失くなりますが」 「は?え?」 「血を見たくなければお離し下さい」 怖い台詞にギョッとなって手を離すけれど、その意味はよく分からない。 「さぁ、参りますよ」 俺が離れたことで満足したのか、真鍋はスタスタと強面の男たちの間を奥へと歩いて行く。 凛然と背を伸ばして進む真鍋の姿は、ただ歩いているだけなのに、周囲を圧倒し、従えているように見える。 あぁそっか。この人、ヤクザの幹部だったっけ。 こうして見ると納得の、強いオーラと圧倒的な存在感を持っているのが分かる。 「翼さん?」 「っ、あ、はい…」 いけない。 真鍋の姿をつい凝視して、歩くのを忘れてた。 「こちらです」 慌てて追った俺を促し、スッと伸ばした手で先を示しながら、エレベーターホールへと俺を導く。 まるでどこぞの御曹司をエスコートするかのような恭しさが気持ち悪い。 「あの、真鍋さん…?」 「どうぞお乗り下さい」 エレベーターのボタンを押して、開いたドアを押さえて、軽く会釈までされる。 「あの…」 あまりに慣れない扱いに戸惑っていたら、真鍋の小声が耳に届いた。 『パフォーマンスです。そのまま黙って流れに任せてください』 「……」 何のことやらわからなかったが、真鍋の目が真剣だったので、それ以上の疑問も挟めず、俺は真鍋に促されるままエレベーターに乗り込んだ。 そうして連れて行かれた場所は、当たり前というか何というか、最上階の、火宮のいる会長室だった。

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