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第100話

それから1週間。 朝、仕事に出掛けて行く火宮をキスで見送り、昼間の空いた時間は勉強に励む。 夕食までに帰ることもあれば、夜遅くになってそっとベッドに入ってくることもある火宮をその時々で迎える。 心が重なる前と変わらない日常。 だけど1つ。 以前と違うのが、火宮と身体を重ねることがない。 2人で過ごす時間は甘く柔らかく、幸せだと思う。 俺の手料理を食べながら、他愛のない会話をするのも楽しい。 ただ寄り添い合って眠る日々も、穏やかで満たされていないわけではない。 「だけど足りない…」 夕食後、食器の片付けをしながら、俺はポツリと呟いていた。 火宮は今、仕事の電話が入ってしまったらしく、リビングで耳に当てたスマホに向かって早口の英語で何やら話をしている。 「本当、デキる男って感じ」 うっとりするような魅力的な声も、流れるように紡がれる外国語も、本当、格好いいなぁと思う。 「このハイスペック男が、俺の恋人かぁ」 未だに時々信じられなくて、だけどチラリとこちらを見た目がふわりと緩んで、蕩けるような愛情を滲ませるのを見ると、本当なんだなと実感する。 だから、余計に。 恋人関係になる前は、何だかんだと身体を重ねていたというのに、あの日から1度も抱いてくれない火宮に不満が募る。 「身体なら、もう治っているのに…」 そりゃ、両思いと分かった後の1日2日は、まだ身体があれだったけれど、そんなのもうとっくに良くなっている。 なのに火宮は、一向に俺を抱こうとしてこない。 所有物のときはあんなに…。 隙あらば、あれやこれやと仕掛けてきていたくせに。 一体何なのだと思うけれど、だからと言って自分から誘うなんて真似もできなくて。 1人悶々としながら、洗い物を済ませた俺は、そっとリビングに出て行った。 「…Thank you for calling.Good bye.」 あ、終わった。 さすがに聞き取れた火宮の言葉を耳に入れながら、俺はチラッと火宮に目を向けた。 「ん?どうした」 ジーッと見つめてしまう俺は不審だろう。 軽く首を傾げた火宮が、通話の終わったスマホをしまいながら薄く目を細める。 「別に…」 「片付けは終わったのか?なら、先に風呂に入れ」 ドキッと鼓動が跳ねた。 これはもしかして、俺を先に風呂に入れておいて、後から火宮が…と、期待が勝手に高まる。 恋人同士になってから初めてはベッドがよかったけど、まぁ火宮が風呂場を選ぶならそれでもいいか。 ソワソワと期待に浮き立ちながら、俺は促されるまま浴室に向かうことにした。 「じゃぁお先に…」 「あぁ。ゆっくり温まれよ」 それは時間をかけて待ってろってことかな。 ますます期待を高めながら、俺はいそいそと風呂に入った。 だけど。 頭を洗い、身体を洗い、湯船に浸かってゆっくりしながら、待てども暮らせども。一向に火宮が乱入してくる気配はなく、いい加減、のぼせてしまう、とボーッとしてきた頭で思った。 そのとき。 「翼?翼!」 「あ、ひ、みや、さ…」 やっと来てくれた。 へにゃっと頬が緩んで、嬉しさから伸ばした両手が火宮に触れる。 グニャリと歪んだ視界に映った火宮の顔は、何故かやけに鋭く真剣な表情をしていて。 「火宮さん…?」 あれ?しかも、服…? 手に触れた火宮の身体はジャケットこそ脱いでいるものの、仕事帰りのワイシャツをきっちり着込んだままで。 「翼!おい、翼、しっかりしろ」 「ふぇ?」 「ったく…あまりに遅いから倒れているのかと心配して来てみれば。なんでこんなになるまで入っているんだ。のぼせて溺れる寸前じゃないか!」 なんで怒ってるのさ…。 なかなか来ない火宮が悪いと思うのに。 けれどグラグラしてきた頭では、もういまいちきちんと考えられない。 「翼っ!」 ザッパァ、とお湯から身体が掬い上げられ、ふわりと火宮に抱かれる。 「服…」 濡れてるよ?と思いつつ、俺が考えられたのはそこまでだった。

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