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第101話
「翼。翼!」
ピシャピシャと頬を叩かれる刺激と、額に触れる冷たいタオルの感触が気持ちよくて、俺はゆっくりと目を開けた。
「翼…」
途端にホッと安堵したような、綺麗な火宮の顔が目に入った。
「火宮さん?」
「この馬鹿が!」
「ひゃっ…」
いきなり怒声が落ち、吃驚して身が竦んだ。
緩んだ顔をしていたと思った火宮の表情は、見る見る間に怒りの形相になっている。
な、なんで?
状況がさっぱり理解出来ずにソロソロと窺った火宮からは、はっきりと怒りのオーラが放たれている。
「あの…」
「ったく、うたた寝か?長々と考えごとか?どちらにしても湯を張った浴槽の中ですることじゃない」
「え…あの…」
「のぼせて死ぬ寸前だ。ふざけるのも大概にしろ」
ゴツンと頭を拳骨で叩かれた。
「痛ったぁ…」
「待ってろ」
思わず涙目になった俺にも構わず、火宮の姿が遠ざかっていく。
なんだ?と思って、とりあえず横になっているらしい身体を起こしてみたらどうやらここは寝室のベッドの上で、バスローブを引っ掛けただけの全裸で寝かされていたらしいことが判明した。
「えーと?」
何故この状況に?と考えたところで、ハッと思い出した。
「そっか俺、風呂で…」
火宮が抱きに来てくれるんだと思って待っていて。
待って待って待ちすぎて、のぼせて倒れたんだ。
「っ…」
火宮の怒った顔が目に蘇る。
そもそも火宮が中々入って来てくれないからこうなったのに、何で俺が怒られなくちゃいけないんだろう。
「バカ火宮」
思わずボソリと呟いたところに、ちょうど火宮が戻ってきてしまった。
「ほぉ?心配して駆けつけてやって、溺れ死ぬ寸前のところを助け上げた俺に対して、何の暴言だ」
「っ…」
ヤバイ、と思ったときにはもうバッチリ火宮に聞かれた後で、クッと冷たく喉を鳴らした火宮が、ポイッと水のペットボトルを放り投げてきた。
「飲め」
冷ややかな目を向けられ、ビクリと身体が強張ってしまう。
不機嫌なオーラを纏った火宮が嫌で悲しくて、俺の顔は自然と俯いてしまった。
「翼。脱水症状が出ているんだ。さっさと水分を取れ」
「っ…」
「翼?」
不意に怪訝な声で名を呼ばれ、俺は思い切って視線を上げた。
「やだ」
「は?」
「いらない。知らない」
ムッと口を引き結び、挑むように火宮を睨んでやる。
ベッドの上に転がったペットボトルは無視だ。
「おい」
「っ、知らないっ!」
何を意地になっているんだか、自分でも分からない。
だけど何だか止まらなかった。
「ったく、口移しで無理矢理飲ませるぞ?」
好きにすればいい。
俺が嫌がったって、強引に思い通りことを進めるのが火宮なんだ。
以前はベッドにだって、いつも強引に持ち込んで…。
「嫌い」
「は?」
「火宮さんなんてキライーっ!」
気づいたときにはとんでもない台詞を口から放っていた。
ゾクリとするような昏く冷たいオーラが火宮を取り巻いた。
「っ…」
「ふっ。随分だな。何が不満だ」
冷然と目を細め、妖しく口元を緩ませる。
相当な暴言なのに、やけに余裕そうな様子が腹立たしい。
「全部!」
「ん?」
「全部ムカつく!キライ!馬鹿っ」
あぁ、止まらない俺の口。
本当はこんなこと言うつもりじゃないのに。
「火宮さんの馬…っンッ」
さらに思ってもない文句が口をつきかけたところを、いきなりベッドに乗り上げてきた火宮の唇に塞がれた。
「んンッ…んーッ」
一瞬離れた唇が、今度は水をたっぷり含んで戻ってきた。
「ん、っ、んぐ…」
口内の体温で少し温くなった水が口の中に流れ込んでくる。
頭を押さえられ、口を塞がれていては、嫌だと思ってもそれを飲み込むしかない。
「っ、ん…ぷはっ…」
ゴクンと喉が鳴ったのを確認してか、火宮の唇がスッと離れていく。
「ふっ、大概にしておけ」
「っ…」
ニヤリと妖しく弧を描いた唇が、水のせいでか艶っぽく光っている。
「気遣いは無用だったか?」
「え…?へ?」
「まったく、誘い方が下手くそにも程があるぞ」
ガキ、と妖艶に笑う火宮が、壮絶な色気を放つ。
「っー!」
ゾクリと震えた全身と、熱が集まっていく中心は、隠しきれない期待と欲情の証だった。
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