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第102話
「それで?」
「っ…」
トスッとベッドに押し倒され、背中の下でバスローブがくしゃりと皺になった。
「仕置きがいいのか」
「っ、な…」
ハラリと開いてしまったバスローブの前から、何も着ていない素肌が露わになる。
「随分な暴言を吐いてくれたようだしな」
「っ、違…」
ツゥーッと胸を滑って下りた手が、ピンッと中心を弾いていった。
「っ…ゃ」
「何が違う」
「だって、火宮さんが…」
「俺が?」
ニヤリと意地悪く頬を持ち上げた顔が、妖しい艶を放つ。
「だっ、て…」
抱いてくれないから、と言おうとした口は素直になれず、俺はギュッと歯を食いしばってしまった。
「ん?」
「っー!」
目を眇めて先を促されても、やっぱり抱いてなんて要求はできそうもなくて、俺はふいっと顔ごと火宮から視線を逸らした。
「クッ、そうか」
「え…」
キシッとベッドが軋み、火宮の気配が離れていく。
「ひ、みや、さん…?」
「ん。おやすみ、翼」
ポン、と頭を軽く撫でた火宮は、そのままベッドを下りて行こうとしている。
「っー!待っ…」
思わずガバッと起き上がった俺は、咄嗟に火宮の袖を掴んでいた。
「なんだ」
「っ、だって…」
「ん?」
「だってっ、なんでっ…」
ぎゅう、と握り締めた手が震える。
ストンとベッドに身体を戻してくれた火宮にホッとするけど、それ以上側に戻ろうとしない火宮には不満が募る。
「なんで…」
「翼?」
「っ、なんでっ!なんで抱いてくれないんですかっ」
言ったー。
バクバクと心臓が激しく脈打つ。
「前はっ…こ、恋人になる前は、もっと強引にっ…。手だって…出してきてた、くせにっ…」
ぎゅうと固く目を閉じる。
恥ずかしいのと、火宮の反応が怖いので、その顔を直視できない。
「な、なのになんでっ…恋人になったら…全然…」
言っていて、だんだん悲しくなってきた。
瞑った目の裏にじんわりと涙が滲む。
「なんで…っ」
唇が震えてしまい、それ以上は言葉にならなかった。
ドキン、ドキンと心臓が音を立てる。
火宮の返事が怖い。
「っ…」
ほんのわずかな沈黙すらも待ちきれなくて、俺はソロソロと薄目を開けた。
「っ!」
「ふっ、まったくおまえは、な…」
聞こえてきたのは少し可笑しそうな、だけど愛情が滲み出た柔らかな声で。
薄っすらと見えた火宮の表情は、蕩けるような甘い甘い微笑だった。
「ひ、みや、さん…」
「本当におまえはな…」
「な、んですか…?」
「クッ、所有物のときと同じ扱いでいいのか?」
「え…」
「俺は、恋人になったのだから、きちんと恋人扱いをして、気を使っているつもりだったんだがな」
クックッと喉を鳴らす火宮が、そっと側まで寄り添ってきて、髪を優しく梳いてくれた。
「翼、おまえは俺のものだ。だけど同時に、俺もおまえのものになったんだ。だからおまえから、こうして求めて欲しかった」
それを待っていた、と微笑む火宮の顔がとても優しくて、キュンと胸が震えた。
「翼、俺はおまえを大事にしたい」
「っ…」
ふわり、ふわりと髪を撫でてくれながら、火宮が小さく息を吐いた。
「俺が強引に求めておまえが受け入れるのは、俺が所有物としてそうなるように躾けたからだ。おまえ、そのままでいいのか?」
「え…そ、れは…」
「散々、俺はMじゃないと喚いていた気がするが」
クックックッと揶揄うように笑い出した火宮は、ぶれなくSだ。
「っ、それは…そうだけど、でも…」
あぁ、俺の口は今何を言おうとしている。
駄目だと頭では思うのに、感情に突き動かされた口は勝手に動く。
「Mじゃないけど、だけど…強引にされるのは…嫌じゃ、ない…」
「ほぉ?」
「火宮さんっ、だから…。火宮さんがしてくれることなら、なんだって…俺は…」
カァァッと頬に熱が集まり、目が勝手に潤んでくる。
きっと俺は今、欲情に濡れた目を火宮に向けているんだろう。
綺麗な火宮の顔が、妖しく、意地悪に微笑んでいく。
「クックックッ、すっかり調教されて。そんなことを言うと、俺は遠慮しないぞ」
「っ…」
怖い、けど、それがいい。
「遠慮なんて似合いません」
「ほぉ」
「俺は…俺が好きになったのは、意地悪で、俺様で、どSで、傲慢で…」
弱音を吐くこともあるけど、本当は優しいって知ってるけど。
「そんな…そんな、そのまんまの火宮さんです」
「っ、ほ、ぉ?」
「火宮さんの全部が好き。意地悪されたって、何されたって…俺はきっと結局、火宮さんがくれるものなら、最後は全部受け入れちゃうから」
「クックックッ、本当、おまえは…」
「火宮さんが、自分好みに俺を染めたっていうんなら、それだっていい。それも含めて全部。俺は、火宮刃が、まるごと大好きです。だから…」
またまた言ったー。
こんなの認めたら、この人どSで、この先何をさせられるかわかったものじゃないけど。
だけどそれでも、絶対に嫌いにならない自信だけはある。
「だから、抱いて下さい。火宮さん好みに、火宮さん色で」
「ククッ…何を言っているか分かっているのか?」
「もちろんです。だってそれが俺も、幸せだから…」
ニッと頬を持ち上げて、挑むように笑ってみせた瞬間、貪るように激しく、唇が合わせられた。
「ん、ンッ…」
「ククッ、このどM」
「んっ、だ、から、Mじゃな…」
「クッ、だから俺はおまえに…」
惹かれてやまない。
途切れた言葉の先は重ねた唇に飲み込まれていく。
「んっ、ふっ、ぁっ…ンッ」
「抱くぞ」
「は、い。お、願いっ…」
「ん?」
「それ…し、ないで。直、に…」
感じたい。
囁くように避妊具を拒否した瞬間。
ぶわっと火宮を包んだ欲情と、艶やかな笑みが惜しげもなく溢れ、妖しく光る双眸が俺を捕らえた。
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