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第116話
「っ、俺っ…ごめんなさい…」
泣いてる場合じゃない。
俺が悪い。
ちゃんと説明してちゃんと謝らなくちゃ。
ゴシゴシと涙を拭い、火宮の目を真っ直ぐ見つめ返す。
「俺、火宮さんが自由に外出させてくれないのは、俺を所有物と思ったままで、軟禁したいからなんだと思ってました…」
まさか、俺を守るためだなんて。
火宮がヤクザの頭だということは分かっていたのに、全く何の考えも及んでいなかった。
「クッ、まぁ閉じ込めて俺だけのものにしておきたい気持ちはあるが、翼だって意志のある1人の人間だ。俺はそれを奪い束縛するつもりはないぞ」
「はい…」
分かった。ちゃんと分かった。
火宮のいる世界は、きっと俺が考えているよりもずっと物騒なんだ。
聖のことがある火宮が、警戒心から俺を1人で外出させない気持ちは理解できた。
「ごめんなさい…」
「いや…」
「バイトも…俺、依存したくないって気持ちで…俺も男だし、恋人だしって、なんか、変なプライドがあって…」
「そうだな。だが、俺は正直稼いでいる。その俺の経済力に、何の遠慮もなく甘えて頼るのも、恋人の特権だと思わないか?」
ククッと笑う火宮は、まるでそうされることが喜びであるかのようで。
「俺…」
「まぁ翼にも、プライドだとか、沽券に関わる気持ちがあるのも分からなくはないけどな。俺からしたら、それは遠慮にしか見えなくて寂しい。ついでに、翼には、バイトに時間を費やすより、もっと別の時間の使い方があるんじゃないのか?」
別の…?
「おまえはもうすぐ学生に戻る。学生がやることと言えば、生活費の心配じゃなく、勉強だ。おまえが優秀だということは聞いている。だが医大への道はそう楽ではないぞ?バイトをしている余裕があるのか?」
「っ…それは」
「ククッ、叶えてくれるんだろう?」
「っ、ん!」
「俺は、金よりその気持ちの方が、余程嬉しい」
あぁ、なんでこの人は…。
俺は馬鹿みたいに疑って、グズグズくだらないことを悩んでいたっていうのに。
火宮はただ真っ直ぐに俺のことを想って、俺優先で考えて接してくれて。
敵わない。
とても敵わないと思った。
今だってこんな風に、俺が金銭的に頼ることを悪いと思ってしまわないように、まるで自分の我儘みたいな言い方をしてくれて…。
「っ…ごめんなさい。俺…」
「いや。誤解は解けたか?」
「はい…。俺が、悪かったです。ごめんなさい」
「クックックッ。じゃぁ分かったところで、反省の時間といくか」
反省?
それはもう、疑ったことも暴言吐いたことも十分深く…。
そこまで思ったところで、ふと火宮の悪い表情に気がついた。
ニヤリと吊り上がった唇に、妖しい光を宿らせた瞳。
「ッ…」
「お仕置きタイムだ、翼」
「っ、お仕置きって…」
「真鍋に浮気していただろう?」
「っ、してないっ!浮気なんかっ…」
あぁぁぁ。完全に意地悪モードに入った火宮の目が欲情に揺れている。
このサディスティックなオーラを纏った火宮から、逃れられる気がしない。
「俺以外の男の胸に縋り付いていた時点でアウトだ」
「そんなっ…心狭すぎっ」
あ。ついうっかり…。
火宮の目がさらに意地悪く眇めらた。
「ほぉ?ではもう1つ証拠を示そうか?」
「しょ、証拠?」
そんなものがあるわけ…。
「っ!」
ニヤリと意地悪く頬を上げた火宮が示したスマホの画面に、目が釘付けになった。
「『ご忠告申し上げます。あまり言葉足らずで翼さんを不安にさせませんよう』」
待て待て待て、音読するなーっ!
願いも虚しく、火宮の口は、スマホの画面に映し出されたメール文章を読み上げる。
「『本日、私に泊めろと迫って来られました。私だから事なきを得ましたが、下心を持つ他の人間を誘い込む前に、きちんと躾けた方がよろしいかと思います』か」
「っ…」
「で?泊めてということは、俺以外の男と一晩過ごすつもりだったというわけで」
だからって別に、男が男に泊めてと願ったところで、何が起きるわけでもないはずじゃ…。
なんていう言い訳は、この顔をした火宮には通用するはずもなかった。
「それは他の男を誘ったも同然。これを浮気と言わずに何と言う」
「っー!そんなの…」
言い掛かりだ。
叫ぼうとした言葉は、火宮の手がサイドチェストに伸びたことで、ギクリと途切れてしまった。
「ほら、ジタバタせずに腹をくくれ。お仕置きだ」
「っーー!」
ゆっくりと焦らすように取り出された手枷が、わざとらしく、プランと目の前で揺らされていた。
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