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第120話
翌日。
とてもご機嫌で出社して行った火宮が、とても不機嫌で帰宅した。
「あ、あの…、ひ、火宮さん?」
食器の片付けをしながら、リビングのソファにムッとした顔で座っている火宮を窺う。
仇のように手元の書類を睨んでいる横顔が不機嫌マックスだ。
「チッ…」
ビクゥッ…その舌打ちは俺に向けられたわけではないんだろうけど、思わず肩が竦んだ。
な、なんか仕事が上手くいってないのかな…。
多分、睨みつけているのは仕事の書類で、帰ってきたときからすでに不機嫌だということは、昼間仕事で何かあったんだろう。
どうしよ…。
触れていいものか、触らぬ神に祟りなしか。
下手に刺激してとばっちりを食うのは避けたい。
「え、っと…」
でも同じ空間にいて、無視し続けるっていうのも難しくて…。
よし!
覚悟を決めて気合いを入れた俺は、思い切ってリビングに出て行った。
「火宮さん」
「なんだ」
うーわ、不機嫌。
ドスの効いた低い声を向けられ、勇気が一瞬萎みかける。
だめだめ。頑張れ、俺。
気力を奮い立たせ、にこっと笑顔を浮かべてみせる。
「お仕事お疲れ様です。お酒…飲みますか?用意しますよ?」
「………」
無言の睨みですか…。
駄目だ。気力の限界。
「ごめんなさい。俺、向こうに行ってますね」
火宮の睨みで完全に萎んだ俺は、スゴスゴと寝室へ引き下がろうとした。
「翼」
「っ、は、はいっ!」
ビクッと足が止まる。
「はぁっ。悪い。こっちへ来い」
自嘲の笑い声が聞こえ、俺は恐る恐る火宮を振り返った。
「火宮さん?」
「クックッ、おまえが悪いんじゃない。まったく、俺はおまえに大分甘えているな」
淡く微笑みながら、来い来いと手招きしている。
引かれるように火宮の元まで行った俺は、伸びて来た火宮の手に抱き込まれてバランスを崩した。
「わ、っ…とと」
「ククッ、今日はまだ少しやることが残っている」
「はぁ」
「1人で風呂に入って先に寝ていろ」
チュッと触れるだけの優しいキスが唇に落ちる。
「わかりました…でも火宮さん、あまり無理しないでくださいね」
にこっと笑って、悪戯なキスを仕返しする。
「クッ、おまえは俺を甘やかし過ぎだ」
「んっ…んんーっ…」
うわ、舌が…。
思いもよらず、ディープなキスが返ってきて、俺の身体から力が抜けた。
「ククッ、相変わらず感じやすい」
「ぷはっ…はぁっ、んぁっ…」
「禁止令、恋人になっても有効だからな?」
スルリと撫でられた中心から、ゾワリと快感が這い上がる。
「っ…」
「これに触れていいのは俺だけだ」
キラリと光る、妖しい色香を宿した目が眇められる。
俺自身でも駄目だって?
その独占欲、どうかと思う。
「わかってます」
あぁでもその支配が嬉しいと思うあたり、やばいことにM寄りになってきたか。
「ククッ、いい子だ」
「いい子って…」
「独り寝が寂しかったら、サイドチェストに慰める道具があるからな、好きに使っていいぞ」
クックッと笑いながら、スルッと後ろに滑っていく火宮の悪戯な手。
尻たぶを揉んで、割れ目の上でクイッと曲げられた指が、ズボンの上からわざとらしく蕾を押す。
「っな…誰がっ!そんなの使いませんっ!」
カァッと熱くなった頬を、可笑しそうに見つめられる。
やっぱりこの人、どうしようもなくどSだ…。
イラっときた自分にホッとしつつ、パッと火宮の腕の中から逃げ出す。
「俺はやっぱりMじゃないですからねっ」
「クックックッ、まぁ、そういうことにしておくか」
「っ、しておくんじゃなくて、そうなんですっ!」
愉悦に細められたその目はなんだ。
「わかった、わかった」
「っー!もっ、ふ、風呂に入って寝ます!おやすみなさいっ!」
「ククッ、あぁ、お休み」
後ろから掛かった笑いを含んだ火宮の声に見送られる。
機嫌直ったみたい…。
わざとドカドカと足音を立てながら、俺はホッとして浴室に向かった。
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