120 / 719

第120話

翌日。 とてもご機嫌で出社して行った火宮が、とても不機嫌で帰宅した。 「あ、あの…、ひ、火宮さん?」 食器の片付けをしながら、リビングのソファにムッとした顔で座っている火宮を窺う。 仇のように手元の書類を睨んでいる横顔が不機嫌マックスだ。 「チッ…」 ビクゥッ…その舌打ちは俺に向けられたわけではないんだろうけど、思わず肩が竦んだ。 な、なんか仕事が上手くいってないのかな…。 多分、睨みつけているのは仕事の書類で、帰ってきたときからすでに不機嫌だということは、昼間仕事で何かあったんだろう。 どうしよ…。 触れていいものか、触らぬ神に祟りなしか。 下手に刺激してとばっちりを食うのは避けたい。 「え、っと…」 でも同じ空間にいて、無視し続けるっていうのも難しくて…。 よし! 覚悟を決めて気合いを入れた俺は、思い切ってリビングに出て行った。 「火宮さん」 「なんだ」 うーわ、不機嫌。 ドスの効いた低い声を向けられ、勇気が一瞬萎みかける。 だめだめ。頑張れ、俺。 気力を奮い立たせ、にこっと笑顔を浮かべてみせる。 「お仕事お疲れ様です。お酒…飲みますか?用意しますよ?」 「………」 無言の睨みですか…。 駄目だ。気力の限界。 「ごめんなさい。俺、向こうに行ってますね」 火宮の睨みで完全に萎んだ俺は、スゴスゴと寝室へ引き下がろうとした。 「翼」 「っ、は、はいっ!」 ビクッと足が止まる。 「はぁっ。悪い。こっちへ来い」 自嘲の笑い声が聞こえ、俺は恐る恐る火宮を振り返った。 「火宮さん?」 「クックッ、おまえが悪いんじゃない。まったく、俺はおまえに大分甘えているな」 淡く微笑みながら、来い来いと手招きしている。 引かれるように火宮の元まで行った俺は、伸びて来た火宮の手に抱き込まれてバランスを崩した。 「わ、っ…とと」 「ククッ、今日はまだ少しやることが残っている」 「はぁ」 「1人で風呂に入って先に寝ていろ」 チュッと触れるだけの優しいキスが唇に落ちる。 「わかりました…でも火宮さん、あまり無理しないでくださいね」 にこっと笑って、悪戯なキスを仕返しする。 「クッ、おまえは俺を甘やかし過ぎだ」 「んっ…んんーっ…」 うわ、舌が…。 思いもよらず、ディープなキスが返ってきて、俺の身体から力が抜けた。 「ククッ、相変わらず感じやすい」 「ぷはっ…はぁっ、んぁっ…」 「禁止令、恋人になっても有効だからな?」 スルリと撫でられた中心から、ゾワリと快感が這い上がる。 「っ…」 「これに触れていいのは俺だけだ」 キラリと光る、妖しい色香を宿した目が眇められる。 俺自身でも駄目だって? その独占欲、どうかと思う。 「わかってます」 あぁでもその支配が嬉しいと思うあたり、やばいことにM寄りになってきたか。 「ククッ、いい子だ」 「いい子って…」 「独り寝が寂しかったら、サイドチェストに慰める道具があるからな、好きに使っていいぞ」 クックッと笑いながら、スルッと後ろに滑っていく火宮の悪戯な手。 尻たぶを揉んで、割れ目の上でクイッと曲げられた指が、ズボンの上からわざとらしく蕾を押す。 「っな…誰がっ!そんなの使いませんっ!」 カァッと熱くなった頬を、可笑しそうに見つめられる。 やっぱりこの人、どうしようもなくどSだ…。 イラっときた自分にホッとしつつ、パッと火宮の腕の中から逃げ出す。 「俺はやっぱりMじゃないですからねっ」 「クックックッ、まぁ、そういうことにしておくか」 「っ、しておくんじゃなくて、そうなんですっ!」 愉悦に細められたその目はなんだ。 「わかった、わかった」 「っー!もっ、ふ、風呂に入って寝ます!おやすみなさいっ!」 「ククッ、あぁ、お休み」 後ろから掛かった笑いを含んだ火宮の声に見送られる。 機嫌直ったみたい…。 わざとドカドカと足音を立てながら、俺はホッとして浴室に向かった。

ともだちにシェアしよう!