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第122話

真鍋の声に従って、2人の男が入って来た。 強面でがたいのいい30歳後半くらいの男と、なんだかやけにチャラそうな、茶髪の20代後半くらいの男だ。 「えっと…?」 真鍋が呼びつけたってことは、この人たちも火宮のところの人間なのだろうか。 そのヤクザさんたちが俺に何の用なのか。 「紹介させていただきます」 「え?」 「この者たちが、これから翼さんが昼間外出なされる際、同行させていただく者です」 「え…?」 そういえば、火宮がガードとかなんとか言っていたかも? 「こちらは池田。主に護衛ですが、通常は翼さんには浜崎が付くことになっています。池田が参るのは時々かと思いますが、お見知りおきを」 「はぁ、どうも」 強面で体格のいい男の方がペコリと頭を下げる。 「そしてこちらが及川。運転手ですので、足にお使い下さい」 「足…」 ペコッと当たり前のように頭を下げる茶髪の男だが、何だか申し訳ない。 「決してご遠慮などなさいませんよう。外出の際は必ずお車をお使い下さい」 「はぁ…」 「くれぐれも公共の乗り物、タクシー等はお使いにならないで下さい。よほどな近場のみ、徒歩は構いませんが、出かける際は必ず浜崎に連絡を入れて下さい」 淡々と、まるで機械のようにそれだけ告げた真鍋が、チラリと視線を向けてくる。 その目ははっきりと、軽はずみな勝手な行動をするなよ、と語っている。 「わ、分かりました…」 「窮屈を強いているのは、会長も十分ご承知です。それでも翼さんの身の安全が優先ですので。ご理解下さい」 「はい…」 それが、火宮の恋人という立場であるということ。 分かってる。ちゃんと分かってる。 だけど。 「でもあの…火宮さんの身辺は、そんなに危険なんですか?」 甘く見ているわけじゃない。 だけどただ、心配で。 俺からしたら大仰にも見えるこの扱い。 火宮は、大丈夫なのだろうか。 「そうですね、あなたはただの堅気の子供。理解が及ばなくても仕方がないこととは思いますが…」 「えっと…」 「危険か、と問われれば、まぁ安全ではない、と言っておきましょうか」 「はぁ…」 それは、差し迫った危機はないけど、油断は禁物、ということか。 「この世界は、上昇志向の強い人間が多いのです。野心家もゴロゴロしています。そんな中、比較的若いうちの会長がめきめきと頭角を表したことを、妬み恨む人間がいないとは限りません。いえむしろ、そういう人間の方が多いと言っていいでしょう」 「っ…そ、うなんだ…」 「はい、ですから、隙あらば足を引っ張ってやろうと画策する輩は後を絶ちません」 ふぅ、と面倒くさそうに息をつく真鍋は、きっと何度もそういう奴らと対峙してきたんだな、と思う。 「この世界、情報は命にも等しい。すでに会長に本命ができたという情報は広まり始めています。それがあなたであると突き止め、利用せんと画策する人間は、この先きっと出てくるでしょう」 「っ…」 それが、蒼羽会会長の恋人という存在であるということか。 「あなたは、会長の何よりの強みであり、それと同時に、ウイークポイントでもあるということです」 「俺が…」 「ですから、あなたにとっては過剰な警護と感じるのかもしれませんが、これはただの用心です。特に会長の身辺が、常日頃から危険極まりないということはございませんよ」 ご安心下さい、と真鍋が微笑んでくれて、少しホッとした。 けれど何故か、その横でギョッとしたように息を飲んでいる2人組がいる。 ん? キョト、と視線を向けてしまったんだろう。 真鍋の目が、同じくその2人に向く。 「おまえたち。…くれぐれも気を引き締めて翼さんの安全をお守りしろ。反対に、それ以外の余計な真似はするな」 生きていたければな、と冷酷に唇を吊り上げる真鍋の表情が、ゾクリと寒気を誘発した。 「っ…」 「は、はいっ」 「わっ、わかりましたっ!」 ピシッ、カチン、と固まった池田と及川が、膝につきそうなほど上半身を折りたたむ。 「ほわぁ…真鍋さん、本当にヤクザの幹部って感じですねー。格好いいなぁ」 こんな強面の大きな男の人も従えてしまうなんて。 「…翼さん……」 「はい?」 「はぁぁぁっ、あたなは本当に…」 「ん?」 なんでそんなに呆れたような疲れたような顔をするのか。 「池田、及川。見ての通り、こういう方だ。まぁその辺は自分で気をつけろ」 「はぁ…」 「りょ、了解です…」 何なんだ。 「それでは翼さん。お話は以上です。ちなみに本日は勉強を見に来る時間はありません。よろしければこのままこの2人を置いていきます。どうぞご自由に外出なさってみては?」 「あ、そうなんだ。そうだな…」 「ですがくれぐれも、自習は怠りませんように」 キラッと鋭く光った目が怖すぎる。 「サボりませんって!」 鞭…百叩き…という言葉は、しっかりと記憶に刻まれている。 「ふっ。でしたら私はこれで。仕事がありますので」 「あ、はい。わかりました。色々ありがとうございます」 「いえ」 失礼します、と下げられる頭は最敬礼。 相変わらず見惚れるほど綺麗なお辞儀を残して、真鍋はスマートに玄関を出て行った。 「えっと、あの…」 2人残された部下さんたちをどうしよう…。 俺の困惑に気づいたか。 池田の方が、スッと背筋を伸ばす。 「もし外出なされるようでしたら、このまま外で待機しています」 「えっと、その、外出…したいんですけど、支度とか全然まだで…」 なにせまだ寝起きのままの部屋着。 しかも頭はボッサボサ。 「構いませんよ、いくらでもお待ちします」 「っ…でも、なんか申し訳ないので…その、リビングで待っていていただいても…」 外とは車か、まさか玄関の外のフロアってことはないだろうけど。 どちらにしても気が引ける。 「っ!いえ…。会長のご許可がないのに、会長のご自宅に上がらせていただくわけには参りませんので、お気になさらず」 激しく引きつった池田の顔が謎だ。 「あ、じゃあ火宮さんに電話して許可取りますから…」 「翼さんっ!」 「は、はいっ?」 「お願いですので、ぜひともそれはおやめ下さい」 びっくりした。 いきなり大声を出さないで欲しい。 しかも真っ青い顔をして、スマホを睨んでくる目が怖い。 「申し訳ありませんが、それをなされますと、我々も…その、翼さんにも非常にまずいことになるかと」 「え?」 部下さんに家に上がってもらっていい?って聞くだけなのに? 「だって浜崎さんは普通に上がってきますよ?」 「それはそうですが…翼さん、ご自覚がないならお教えいたしますが…」 「ん?」 「あなたが今なさろうとしていることは、会長のお留守中に、会長以外の男を家に引き入れようとしている、ということですよ?」 は? 「後生ですので、どうかそのスマホをお納めください」 大真面目な顔をしている池田は、とてもふざけている様子ではない。 「我々の身のためにも、あなた様のためにも」 真剣な池田の言葉は、いまいち納得ができない。 だけどそういえば、俺には1つ経験がある。 「そういえば火宮さん…言い掛かりをつけるの得意でしたよね…」 真鍋に泣き付いたことを浮気と言い掛かられ、酷い目をみた記憶は新しい。 「さすがヤクザかー」 専売特許?と笑った俺の前で、池田と及川の顔が完全に引きつっていた。 「仕方ないので、すみませんが外で待ってて下さい。なるべく早く支度します」 「お気になさらず。ごゆっくり」 スッ、スッと静かに頭を下げた2人が、静かに玄関を出て行った。

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