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第123話
そうして、俺が支度を済ませる間、待っていてもらった池田たちと共に、ショッピングモールやらホームセンターをぶらぶらと見て回った。
昼は久々のファーストフード。
遠慮する池田たちを置いて、1人でのんびりと店内で済ませた。
久しぶりの外出を満喫して、夕方。
「そろそろ帰ります」
乗り込んだ車の後部座席で、前に座る池田と及川に告げた。
「もうお気はお済みで?でしたら、これからリストランテへお連れいたします」
「え?」
「本日の夕食は、会長と外食の予定です」
「えー」
聞いてない。
しかもリストランテって。
「俺、テーブルマナーとか堅苦しいの苦手なのに」
知ってるくせに、とムッとなる。
「お待ち合わせになりますので、このままお連れいたします」
「はぁぁっ。俺、服こんなですよ?」
「ジャケットはご用意してあります」
「むぅ…」
多分抜かりない真鍋の仕業だろう。
これならジーパンを履いて来てやれば良かった。
何で俺は今日に限って細身のチノパンを選んだんだろう。
裾こそ折り上げてあるけど、下ろしてジャケットを羽織ればカジュアルとは遠くなる。
「ご不満、でしょうか」
すでに走り出してしまった車内で、池田が戸惑ったように呟いた。
強面で身体も大きな池田だけど、とても腰が低く丁寧な人で、俺の印象は今日1日ですっかり最初のものとは変わっていた。
「え?いえ、不満というわけでは…。ただ、俺はど庶民だから、もっとカジュアルで手軽なお店がいいなーって思っちゃうんですよね」
あははー、と笑う俺は、別に池田を困らせたいわけではない。
「翼さんは…」
「え?」
「翼さんは、会長の経済力にものを言わせて、贅沢をしたいとか、贅沢をお喜びになるとか、なさらないんですね…」
やけに不思議そうに首を傾げている池田の顔がバックミラーに映っている。
「翼さんのお立場でしたら、会長のお金をいくらでもご自由に操れますものを」
「えー?そんなこと。俺が稼いだお金じゃないですし。火宮さんがどう使おうと自由だとは思いますけど…あの人、贅沢し過ぎですよね」
「贅沢し過ぎ、ですか…」
「うんうん。やたらと豪華な食事とか、もったいない。本当、散財癖はどうかと思います。お金は大事ですよ。もう少し節約した方がいいと思いますよねー?」
同意を求めたはずなのに、バックミラーに映る池田の顔は、へんてこで複雑な表情をしたまま固まっていた。
「もったいない、ですか…」
「あは。まぁ火宮さんが、俺に美味しいものを食べさせたい、って思ってくれてる気持ちも分からなくないんですけどね。俺としては、もう少し俺の身の丈に合った生活が希望かなー、なんて」
超がつくセレブと、超がつく貧乏人。
生活水準の差は歴然で、どちらかがどちらかに合わせるとしたら、俺が歩み寄っていかなければならないのはわかるんだけど。
「間をとって、ごく普通の一般的な水準…で、俺は十分なのに…。でも火宮さんが下りてこられないのも当たり前ですよね。はぁぁ。慣れてかなきゃならないんですよねー」
悩みの種だ、と呟いた俺は、池田の顔がますます変なものを見るような目になっていて、何なんだろうかと首を傾げた。
そのときちょうど、ゆっくりと車が停車した。
「着きました」
「はっ、翼さん、どうぞ」
パッと慌てたように助手席のドアから出て行った池田が、後部座席のドアに回って来てくれて、ドアを恭しく開けてくれる。
「本当、これも慣れない…」
どこの御曹司かと思うようなエスコートも、苦手の1つだ。
渋々開けてもらったドアから身を出したら、スッと後ろにもう1台、車が止まったのが見えた。
「ん?」
「あ、会長ですね。タイミングぴったりで」
視線を向けたそちらの車からは、真鍋が先に降りてきて、恭しく開けられた後ろのドアからは、悠然と火宮が下りてきた。
「あぁ、翼。ちょうど一緒か。来い」
堂々とした振る舞いで路上に下り立った火宮の手が、スッとこちらに伸ばされた。
「はい。あっ、今日はありがとうございました。買い物付き合っていただいて、ここまで送ってもらって」
火宮の方に行く前に、池田と及川にそれぞれ頭を下げる。
「や、いえ、仕事ですので、そんな…」
「それでも。またよろしくお願いします」
「おい、翼。早く来い」
背中を向けた火宮から、ムッとした声が飛んで来た。
それと同時に、すでにズンズンとこちらに来たらしい火宮の手に、腕が掴まれていた。
「もうっ、お礼言う間くらい待てないんですかっ」
「待てんな」
『俺様…』
「ん?何か言ったか?」
「え、いえ別に!」
ボソッと呟いてしまった言葉は、どうやら火宮には聞こえなかったようで。
ホッとした俺は、ズルズルと目の前の店に引きずられていく。
「わー、やっぱり高級店ー」
「クッ、何だ不満か?」
「っー!分かってて選んでますよね!本当、意地悪」
サディスティックに笑っている火宮を、ムッと睨み上げる。
「高級ディナーに連れてきてやって、喜ばないのも、文句を垂れるのもおまえくらいだ」
「っ、だって。緊張するでしょ」
「だから、好きに食べればいいといつも言っているのに」
「できたら気後れなんかしませんって」
「クックックッ、だからおまえは飽きない」
あぁ言えばこう言う。
本当、相変わらずのどS様だ。
「ほら」
「う。どーも…」
サッとスマートにドアを開けてエスコートしてくれる火宮がズルい。
格好いいからズル過ぎる。
「ククッ、何だその目は」
「っー!」
うっかり見惚れた俺が馬鹿だった。
愉悦に揺れた火宮の目が、妖しく光る。
「ククッ、食事の後まで我慢しろよ」
「っ、何をっ…」
「ナニさ」
「っーー!バカ火宮!どSッ!」
こんなところで何を言い出すか。
「ほぉ?今夜は仕置きがいいのか。分かった。たっぷり苛めて、たっぷり啼かせてやろう」
「なっ…言ってない!バカ!」
「クックックッ」
あー、もう、1人テンパっている俺の横で、余裕で楽しそうな火宮が憎らしい。
「どうした、池田」
「まっ、真鍋幹部っ。お疲れ様ですっ。あのあれ、その、あれ…」
「落ち着け」
「はっ、あ、その…翼さん」
「ふっ、分かったのか」
「あの、その…あの方は、これまで会長の周囲にいらっしゃった女性たちとはあまりに違って…欲がないと言うか。会長の金や地位を我が物顔で振りかざすようなこともなく、むしろ節約した方がいいなどと」
「そうか」
「それに翼さん…あんな風に会長に好き勝手な物言いをして…大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないように見えるのか?」
「あ、いえ…。会長が、あのような無礼を許していらっしゃるように…」
「ふっ。だから本命なんだろう?わかったら、心して身辺お守りしろ」
「はっ!」
チラッと振り向いた後ろでは、真鍋が相変わらず綺麗なお辞儀をこちらに向けている。
その隣では、池田がガバッと深々頭を下げて、俺たちを見送っている。
「あははー、池田さんて、ギャップすごい」
「なんだ。気に入ったのか?」
「え?んー?なんか、見た目は怖い系なのに、すごく丁寧で優しくて、話もしやすかったから良かったな、と」
今日1日一緒にいた感想はそんな感じだった。
「優しい、ね…」
「ん?」
「あれでも真鍋の補佐という地位にある幹部クラスだぞ。本当、おまえはな」
え?そうだったんだ…。
「ま、その幹部補佐の池田は、そうそうおまえのお守りには駆り出さないから、あまり関わる機会も少ないだろう」
「お守りって。でもそうなんだ…」
「なんだ。寂しいのか?」
「え?いえ。俺のために、そんなすごい立場の人を貸してくれてたんだな、って思って」
大事にされてる。
火宮の気持ちが嬉しくて、俺は自然と笑顔になっていった。
「ふっ、俺のためだ」
自分の安心のため。
火宮はそう言うけれど。
「大好きです」
「クッ、それは今夜、ベッドでたっぷりな」
「っ…だからっ、あなたはいつも何でそうっ…」
あぁ、いい感じの雰囲気だったのに、ブレずにどS。
なのにブレないのは俺の気持ちもなんだから、もうしょうがないか。
「ほら、翼」
「あ。ありがとうございます」
スマートに椅子を引いてくれちゃって。
相変わらず慣れないぎこちなさで座った俺を、火宮がクックッと笑っていた。
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