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第124話

相変わらず、綺麗でスマートに食事をする火宮に見惚れてしまう。 俺は相変わらず、慣れないナイフとフォークに緊張が解けないというのに。 「何ですか?」 「クックッ、いや、別に?」 「じゃぁ早く食べて下さい」 「そうだな」 クッ、と喉を鳴らして、手を止めたまま俺を見つめている火宮がムカつく。 「っ…」 チラチラと、火宮の食べ方をカンニングしながら真似て食べていたのがバレたのか。 この目の前の皿の厄介な料理を、どう攻略したらいいものか。 先に火宮が食べてくれなければ、俺の手も進まない。 「翼?」 「は、い?」 「食べないのか?」 「……」 だからどSっていうんだ。 こんな、頭も殻も尻尾もついたような海老、どうやって食べればいいんだ。 分かっているくせに、楽しんでる。 「ふんっだ。手掴みしますよ?」 一緒に恥をかけばいい。 挑戦的に睨んでやったのに、火宮は余裕の表情で頬を持ち上げた。 「どうぞご自由に」 「っ!バカ火宮」 「クッ、3度目だな。ベッドが楽しみだ」 何が、とは問うまでもなかった。 やばい…。さすがにバカバカ言い過ぎた。 「っー!」 妖しく光った火宮の目が怖い。 だけど今はとりあえず目の前の海老だ、海老。 敢えて食事後のあれこれを意識の外に追いやり、俺は生前の姿のまま横たわっているご立派な海老様に手を伸ばした。 「………」 早く止めないと、本当に手を使うけど? チラッと目を向けた火宮は、ニヤニヤしたまま、何を言ってくるでもない。 「っ、火宮さん…?」 「なんだ」 くそっ、俺が降参するのを待っているのか。 平然と微笑んでいる顔が憎らしい。 「むーっ!俺が白旗を上げると思ったら、大間違いなんですからね!」 「おまえが負けず嫌いだということはよく知っている」 クックッと楽しそうに声を立てた火宮が腹立たしくて、俺は本気で海老を手掴みで分解してやった。 パリパリの殻がメキメキと剥けていく。 「クックックッ。それも正解さ」 「え…?」 不意に届いた声に顔を上げて見れば、自分はいかにも優雅に、ナイフとフォークを使って海老を解体している火宮が笑っている。 「正解って…?」 「何のためのフィンガーボウルだと思っている」 「フィンガーボウル?」 なんだそれ。 意味が分からず首を傾げたら、火宮の目がとても楽しそうに弧を描いた。 「これだ」 「え?」 「こう使う」 クックッと笑いながら、テーブルの上にあった水の張られた器に指先を浸して洗うような仕草をする。 「っ!」 良かったー、飲まなくて…。 「クックックッ、飲料水じゃないぞ」 うっ。読まれてる…。 「本当、おまえは飽きさせない」 「っ…」 「だから好きに食べていいと言っただろう?」 あぁそうか。よほどな間違いのときは、きっとさりげなくフォローしてくれるつもりなんだ…。 火宮の柔らかく笑った顔がそう言っている気がして、俺は何だか嬉しくて、ホッとした。 そうして、今日どこに行って来たか、何を見て回ったかなど、他愛のない会話を火宮の質問に答える形でしながら、デザートまでを平らげた。 支払いを済ませてくれた火宮のエスコートで、リストランテを出る。 満腹で満足でニコニコと隣の火宮を見上げた瞬間、不意に、俺の脇から1人の男が現れた。 「っ?!わっ…」 「翼」 「「会長っ」」 いきなり、グイッと火宮の腕の中に抱き込まれ、わけがわからない。 え?え?と目を白黒させているうちに、俺と火宮の前にザッとまた新たな男が2人飛び出してきた。 「なっ、なに?」 「じっとしていろ」 急に緊迫した空気に包まれ、心臓がバクバクと音を立てる。 後から現れた2人の男は、どうやら護衛らしく、俺と火宮の盾になるかのように前に立ち、初めに現れた男と対峙している。 こ、これって襲撃ってやつ…? どうしよう、と困惑したところで、俺にできることは足手まといにならないようにすることくらいだろう。 言われた通り、大人しく火宮の腕の中に収まっておく。 っ…。 怖い。 本能的に火宮の胸に縋り付いたら、ギュッと火宮の腕の力が強まった。 反射的にぎゅうっとさらに強く、火宮のシャツを握り締める。 大丈夫だ。 火宮の力強い腕が、そう言っているような気がした。

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