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第147話
「ククッ、それで、会うんだろう?」
スッと涙を指で拭ってくれた火宮が笑った。
「番号…うっかり交換されてしまいました」
「らしいな」
あぁ、それも聞いているわけね。
「怒らないんですか?」
「それは後でな」
う。
怒らないとは言ってくれないんだ。
「はぁっ…」
「ククッ、それで?」
「え?」
「会うのか」
ん?と目を眇める火宮は、どちらの答えを期待しているのだろう。
「俺は…」
あなたに生かしてもらった命で、今の俺があるのだから。
あなたの意に沿う答えを出したい。
「会いたいのか」
「っ…」
俺の、気持ち?
「翼、俺の思いや立場などは一切考慮しなくていい。ただおまえの思いだけで決めればいい」
「っ、だけど…」
あなたはきっと、嫌だと思う。
あなたのいない、過去の時間。
あなたの知らない、俺の世界。
「ふっ、翼」
「っ、はい…」
「俺は、おまえの所有者でもないし、主人でもない。俺はおまえの恋人だ。俺は、おまえの意志や考えを蔑ろにして、支配したいわけじゃない」
ふわりと微笑む火宮の目には、深い慈しみの光が揺れる。
「翼、おまえは、どうしたい?」
ジッと俺の答えだけを求める目が向く。
「翼?」
本当にどこまで優しく強い。
そんなあなたが大好きです。
「翼は、会いたいのか?」
「っ…」
再度の問いに、覚悟が決まった。
ゆっくり息を深く吸って、長く吐いて。
「会いたいと、思います」
「そうか」
「だけど!だけど、お別れを、言うために…」
「そうか」
ギュッと固く目を閉じた俺に届いたのは、『いい』も、『悪い』もない、火宮の静かな頷きだった。
ふわっと肩を抱き寄せられ、捕らえられた髪に唇が寄せられる。
「っ、火宮さん?」
「気をつけて、行ってこい」
「っ…」
あぁこの人は、全力で俺の味方だ。
俺が何を思い、何を考え、どう行動しようとも、ただ優しく静かに見守って、その結果がどうであろうとも、全てを受け入れ包み込む覚悟で。
「行ってきます」
だから俺は、迷わず歩いていける。
「あぁ」
ふわりと微笑む火宮が優しかった。
「さてと。それはそれとして…」
突然真面目な空気を消し去り、ニヤリと嫌な笑みを火宮が浮かべた。
ギクリと身体が強張る。
「仕置きの時間だな」
「っ…」
忘れてなかったか。
「女に番号を教えたんだったな」
「う、はい…」
「真鍋に、そのスマホの番号を無闇やたらに教えるなと言われていないか?」
「うっ、言われてます」
言われてたんだけど、ついうっかり。
「隙がありすぎる」
「ごめんなさい…」
そこを突かれると、返す言葉もございません。
「真鍋に説教をさせるか」
「え!」
いや。それは、きっと説教だけじゃ済まないような…。
ヒシヒシと感じる恐ろしい予感に、俺は反射的に首を振っていた。
だってあの人、火宮以上にどSで、苦痛を与えることも厭わないし。
「嫌ですっ。無理」
「ククッ、おまえの嫌がる顔は見ていて愉しい」
なっ…この性悪!
ゾッとするようなサディスティックな視線が向けられる。
だけどうっかりそんな暴言を口にしようものなら、それこそ本気で真鍋を呼ばれかねない。
「嫌です…ごめんなさい。真鍋さんのお仕置きは許して…」
計算ではなく、自然と目が潤んだ。
「ククッ、そんなに嫌か」
「んっ」
コクコクと全力で首を上下させた。
「ふぅん」
っ、それはどんな反応だ…。
ビクッと身を竦ませてしまった俺は、必死で火宮に縋った。
「真鍋さんは嫌!お願いっ…」
「じゃぁ俺からなら仕置きをきちんと受けるのか」
「っ、受ける。受けるから…」
真鍋は呼ばないで欲しい。
壊れた人形みたいにガクガクと頭を上下に振ったら、火宮の顔が、それはそれは満足そうに悦びに咲いた。
「あ…」
「ククッ、言ったな?」
やばい。ハメられた…。
「っ…」
気付いたときにはすでに遅かった。
あまりに巧みな火宮の誘導に、まんまと引っかかった俺がいた。
まさかうっかり自ら仕置きを受けることを了承してしまうなんて…。
「ククッ、そうか。俺から仕置きを受けたいか」
「っ…受けたいとは言ってませんっ」
「でも真鍋は嫌で、俺はいいんだろう?」
「っ…」
それはまぁ…。
火宮は酷いことも意地悪なこともするけれど、俺を本気で傷つけることは決してしないから。
絶対的な信頼が、火宮にはあるから。
「ん?」
薄く目を細めて、心底愉しそうに口元を吊り上げる。
くそっ…。
そんな表情も嫌じゃないんだからしょうがない。
そんな火宮が好きなんだから、もう仕方がないじゃないか。
「はい…」
完全降伏の白旗宣言。
静かに頷いた俺を見て、火宮の顔が妖しく艶やかに微笑んだ。
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